第四章「二つの月」④
パンケーキ。クロッカンシュー。ロールアイスクリーム。レインボーわたあめ。
スイーツ部の部長を務める「まよねっぴ」こと鏑木真夜と共に、ナツキは時間と小遣いの許す限りに目当てのスイーツをお腹いっぱいになるまで詰め込んでいった。
頭のてっぺんで足の先まで同じコーディネートでまとめた二人は、人が賑わう街の中でも随分と目立っている。
真っ白な肌と、美しい黒髪を持つナツキ。
こんがりと焼けた小麦色の肌に、金色の巻き毛が似合う真夜。
当然、言い寄ってくる男もいるのだが、二人にとっての最優先事項はスイーツだ。
しつこい男達はナツキが追い払い、なんとか目的のうち半分くらいのスイーツをはお腹に収める事ができた。
「あー、もうだめ、もう食えん」
最後にたどり着いたミルクティーカフェでスコーンをつっついていた真夜が、椅子の上で仰反るようにして空を仰いだ。
「え、うそ、じゃあ食べていい?」
既に自分の皿を空にしていたナツキが、物欲しそうにフォークを握る。
真夜は、どうぞどうぞ、というジェスチャーでナツキに掌を向けた。
「いいよいいよ。どうぞ、お食べ。てか、良く入るよね。なっつん、こんなに細いのに」
そう言って、露出したお腹に触れようとした真夜の手を華麗に交わし、ナツキは口いっぱいにスコーンを頬張る。
「ぶぇつばらだよ、別腹。俺は甘いもん食う時は、腹の中にもう一個胃袋ができるようになってんの」
そう言うと、真夜は「なんだそりゃ」とケラケラ笑った。
真夜はナツキより学年が一つ上の先輩ではあったが、敬語が下手な後輩のしゃべりも特に気にせず、友人として受け入れる度量を持ったアッケラカンとした性格だった。
この世のありとあらゆるスイーツを食す、という共通の目的を持つナツキと真夜は、学外でも行動を共にしている事が多い。
「……で、今日はどうすんの?」
もぐもぐと口を動かしているナツキを眺めるように、真夜は机の上に肘を置き、頬杖をついた。
「ング……どうって?」
スコーンを飲み込んだナツキは、そう言ってミルクティーに口をつけた。
「アニキと喧嘩した! 帰りたくねえ! って言ってたじゃん。ま、なっつんがお兄さんと喧嘩してるのなんていつもの事だけどさ」
半分ほど残っていたミルクティーを飲み干し、ナツキはカップをテーブルに置く。
「だってさ、めちゃくちゃ言ってくるんだぜ? こっちは言われた通り、脚は出さないようにしてるのにさ、今度は腹を出すな! 腹巻きを巻け! だって。いちいちうるさいんだよ、ウチのアニキはさぁ!」
ナツキは一息に文句を吐き出した。
対面に座る真夜は、アイスティーの中で浮かんでいる溶けかけた氷を、ストローでくるくるとまわしている。
「……そんなもんなんじゃねーの? 普通だって。アタシも昔はオヤジによくそう言われてたし。最近は口もきかねえけど」
「え、オヤジさんと喧嘩してんの?」
「喧嘩って訳じゃねえけど……なんかさ、あるじゃん、そういうの」
「そういうのって、どういうの?」
はて、という表情を浮かべているナツキに、真夜は苦笑する。
この後輩は、良くも悪くも素直なのだ。
だから、口うるさく言ってくる兄と無邪気に「喧嘩」できるのだろう。
「そういうのは、そういうのだよ。てか、なっつんとこは、基本的に仲いいじゃん。この間も、二人で東北まで旅行してたし」
「あれは旅行っていうか、アニキの手伝いみたいなもんだぜ。全ッ然、楽しくなかった。ずんだ餅は美味しかったけど」
「……アタシは、オヤジとだったら二人で飯食ってるだけでも気まずいよ。車内で何時間も二人きりなんて、間が持たない」
真夜の父親は神社の神主を勤めていて、随分と厳かな性格をしているらしい。
親子の関係がうまくいっていない、という話はナツキも何度か耳にしていた。
グラスに浮かぶ氷を伏し目がちに眺めていた真夜が、おもむろに顔を上げた。
ナツキの方を向いて、フッと微笑む。
「ま、今日は大人しく帰んなよ。喧嘩できるウチに喧嘩しておいた方が、後腐れはないっていうし」
「そういうもんかぁ?」
「そういうもんだよ」
ナツキは、納得のいかない様子で首を傾げた。真夜はテーブルの上のアイスティーを手に取り、ストローに口をつけた。
グラスの表面に結露した水滴が、重力に引かれてポタリと落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます