第四章「二つの月」③
ほんの少し前まであまり見栄えが良いとは言えない店構えをしていた藍那堂だったが、ここ最近、大掃除に取り組んでいたこともあって、随分と見られる内装になっていた。
倉庫を整理した事で、店舗部分にまで溢れかえっていた荷物を片付ける事も出来たし、埃をかぶっていた棚を掃除して商品も新しくディスプレイした。
藍那堂はこれまで、店主である藍那個人の人脈による高額な商品の取り引きが売り上げの主軸だった。
つまり、店の業績は良くも悪くも藍那次第だったのだ。藍那は働きたい時に働き、気分が乗らない時はけして動き出そうとしない。
すると当然、売上も利益も安定しない。
帳簿を預かる秋人は、たとえ金額が大きくなくとも、毎月安定した売上を確保したいと考えていた。
せっかく商店街に店舗を構えているのだ。
この場所を活用しない手はない。
まずは店舗のあやしげな外観をどうにかして、お客が入りやすいようにしなければ。
藍那に許可を得て、秋人は少しずつ店舗の内装を整えた。
そうした努力もあって、最近では時々お客が入るようにもなってきている。
単価の低い消耗品の売上が殆どではあるが、目に見えて現れる成果に、秋人はやりがいを感じていた。
「準備中」の札をひっくり返し、「営業中」と書かれた面を表にする。
店の入り口を確認し「よしっ」と小さく声を出して、自分の腰の辺りをパンっと叩いた。
店舗の中に戻り、秋人は従業員用の名札を取り出した。
百円均一で買ってきた簡素な名札だ。「竜堂」と自ら書いた名前の上に、秋人は小さな文字で「店長代理」と書き加えた。
それを目の前に掲げ、数秒間眺める。
秋人は堪えられない様子で、ニヘッと表情を綻ばせた。
なんだかんだ文句はつけたが、藍那に認められて店を任せてもらえた事が誇らしい。
秋人はクリーム色の胸付きエプロンを首からかけ、そこにピンを刺して「店長代理」を書き加えた名札を取り付けた。
藍那が帰ってくるまで、任された役目をしっかりと勤め上げなくては。
新たに決心を固めていたところに、カランカラン、とドアベルが鳴る音がした。
店長代理となった秋人にとっては第一号のお客さまだ。
秋人は精一杯の愛想を込めて
「いらっしゃいませ!」
と、声を発しながら入口の方を向いた。
扉は、小さく開かれていた。
店の中に入ってきたのは少女だった。
十二才くらいだろうか。長い黒髪。白いブラウスと、紺色のプリーツスカート。どことなく上品な雰囲気のある少女だ。その周りに大人の姿は無く一人きりだった。
子供一人の来客は、藍那堂にとっては珍しい。もしかしたら迷子の可能性もある。
そう思って対応をしようと近づいてきた秋人に対し、少女は口を開いた。
「……久しぶりだね、兄様」
聞き覚えのある声だった。
少女の顔を見て秋人は言葉を失った。
「四年ぶり、かな? 元気そうだね」
そう言ってクスクスと笑う少女の話しぶりを秋人は知っている。
そんなはずがない。
ありえない。
だって、その身体はナツキと共に成長してきた筈なのだから。
目の前の少女は、あの日のままの姿で微笑んでいた。
秋人の弟、竜堂魚月がそこにいた。
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