β版「攫われお姫の戯れタイム」その2

 それぞれが与えられた箱庭の中で、人間たちを育て上げる……一つは大都市、一つは海に沈んだ都、一つはエンタメの総合所、一つは自然そのもの。


 魔女によって色が出るその育て方は、やはり箱庭一つでは発展に天井がある。

 なので最初から、提案者は頃合いを見て、箱庭を『繋げる』ことを計画していたのだ。


 実験開始から半年――、箱庭の世界は、随分と育ってきていた。


 そして、再び集まった魔女たちが、その箱庭を合わせた。


 空回りしていた歯車が噛み合うように、箱庭の世界に、変化が現れる――。




【箱庭世界】


「どこにいきやがったパトリクスッッ、オレらの大金を持ち逃げしやがってッ――くそあのガキがァ!!」


「今なら船長も許してくれる……だから隠れてないで出て……出てこいクソガキ!! お前をそこまで育てたの、誰だと思ってんだ、恩知らずめ!!」


 どたどたっ、と走り抜ける足音を確認した後、ゆっくりと箱の中から出てきた青年が一人。


「……恩知らず? 頼んでねえし……勝手に育てて道具みたいな扱いをしたのはあんたらだろうが……。がまんの限界だから船を出ただけだっての――恩なんかあるか」


 バーカ、と舌を出した青年が、抱えていた巾着を肩にかける。

 そこには船から奪った大金が詰め込まれていた……、カジノでぼろ儲けしたのだ、ちょっとくらい奪ったところで、彼らにとって痛手にはならないだろう。


 船を出るとなれば生活費がいる。少なくとも、金を奪う必要があったわけで……、そこに少しの色を付けたところで、罰は当たらないだろう。


 一応、船に置いてくれていた感謝はある。

 同時に、雑用をこなしていたこっちの労働力もあるのだ……それで相殺されるはずだ。


 拾って育ててくれたことへの感謝は……まあ、全財産を奪わなかったところを褒めてほしいところだ。


「さて……遠いところまできたなあ……」


 どこで生まれたのか知らないが、両親の顔も知らないパトリクスは、さっきまで乗っていた海賊船が家族であり、家だった。

 あくまでも生きるために仕方なく、手を組んでいる家族みたいなものである。……早々に本当の両親でないことは分かったのだから。


 本当の両親に会いたいかと言えば、ない。


 今更なのだ。


 今、父と母に会ったところで、恨みもなければ感動もない……どうせ相手も忘れているだろう。忘れたいことだろう……子供を捨てた、という事実なんて。


「島を出て、カジノで遊んで……で、ここ、大都市か――」


 生活するなら選択肢が多い大都市にするべきだろう。

 水の都でもいいが、移住するならまずはここで色々と世間を知るべきだ。


 とりあえず生活費はあるのだ、家を借りて、仕事を探さないと――



「あがッッ!?!?」


 パトリクスの視界で星が飛んだ……殴られた……?

 後ろから、硬いもので、ガンッ、と。


 ……見つかった? 連れ戻される!? と瞳を濡らす赤い血を見ながら思えば、しかしパトリクスを殴った相手は、落ちた大金を拾い、その場から去っていった。


 パトリクスを追ってきた相手じゃなかった……、一切関係ない、この大都市の路地裏に住んでいた、強盗……?


「……考えることは、みんな一緒かよ……っ」


 海賊から大金を奪ったように。

 生活に苦しむ者は、弱く、大金を持っている者から奪い取る。


 世界は弱肉強食だ。


 そしてパトリクスは、間違いなく弱者である。


「やべえ……大金もねえし、頭から血が出て……クソッ」


 目下、生活費が奪われ、海賊船から逃げ出したはいいが、屋根がある家へも住めない状況だ。……ろくな装備もない。身軽さを優先して武器も携帯していない。

 食糧もなく、当然ながら隠し持っていた金もなく――完全に詰んでいる。


 このまま血を垂れ流して死ぬのだろうか……、そう諦めかけた時だった。


 カツン、カツン、という――やけに響いて聞こえる音だった。



「あまり、干渉するべき、ではないんだけど、ねえ……」



 黒い足。

 視線を上げれば薄く黒い外套に身を包む女性がいた。


 顔は見えない。

 視点のせいもあるが、彼女の顔を覆う薄い布があったからだ。


「お金を渡しても、すぐに奪われていたら意味がない、わよねえ……。なら、お金よりも、あなたに必要なのは…………人脈、かしら……」


「…………あ?」

「人を頼りなさい。あなたの顔で、みな、力を貸してくれるはずだから」


「……あんた、は、」


「気にしないで頂戴。これは例外だから。当然、この記憶には蓋をさせてもらうわ――」


 ついでに怪我も治してあげる、と、優しい声を聞いたのが最後、パトリクスは意識を失った。




 パトリクスが目を覚ます。

 そこは屋根があり、柔らかいベッドの上で――。


「は?」


「お、起きたか坊主。店の裏で倒れていたから連れ込んだが……体調は大丈夫か?」


 なぜか頭を触ったパトリクスだが、痛みがないことが分かり、頷く。


「……うん、もう、大丈夫だ……」

「そうか。どうする、飯でも食うか? 安心しろ、金は取らねえよ」


 気前の良い男に、パトリクスは不安を抱き、


「……どうして、そこまで優しくしてくれる……?」


「助け合いだからだ。ここで生きるってことは、そういうことなんだよ、坊主。だからお前も、俺らが困っていれば手を貸してくれ。

 断るなよ、とは言わないが、こっちは助けてやったんだ、手が空いている時くらい、こっちの『助けて』くらい、耳を傾けてくれや」


「……それは、もちろん」


 助けてくれと頼んだわけじゃない、と言う気はなかった。


 あの時、助けてくれなければ間違いなく、パトリクスは死んでいたのだから。


「…………」


 ――赤ん坊の自分を拾い上げてくれた海賊。


 もちろん、その後の自分の扱いは、決して褒められたわけではないが、死ぬか生きるかの瀬戸際の赤ん坊を助けてくれたのは間違いなく、お世話になった海賊たちだった。


 意図はどうあれ、命を救われたことに変わりはなかった。


「……ありがとう、助けてくれて」


「おう。飯、食っていくだろ? 家内の飯はうめえんだ、期待してろよ」


 部屋を出ていく男の大きな背中は、船長を思い出す。

 元気にしてるかな、と、逃げ出した身でありながらふと思った。


 書き置きくらい、残しておけば良かったかもしれない。


 あいつらのことは嫌いだったけど、それでも感謝するべきことには言葉を残すべきだった。……二度と会えないわけじゃない、とも言い切れないのだから。


 もう二度と会えないかもしれない。

 だったら――。


「あ、おじさん――ビンと、あと紙とペン、あるか?」

「ん? 探せばあると思うが……なにに使う?」

「手紙だ」


 そう、海にいる彼らに渡すための手紙は、こうして送るしかない。


「いつ届くか分からないけど、やっておきたいことなんだよ」


 自己満足でもいい。

 やらないよりは、マシだ。




【あったかもしれない未来】


「船長、こんなもんを拾ったんすけど……」

「ん? ビンと……、こりゃ手紙だな」


 ビンを砕いて出てきた手紙を読む――読み終えた船長が、くは、と笑った。


「なんだったんすか、それ」

「パトリクスからの汚ねえ文字だ。あいつも元気にやってるみたいだぜ?」


「あいつ、文字なんて書けたんすね……倉庫でこそこそとなにかやってると思えば……」


「あいつはあいつで、将来のことを考えて準備を整えていたってわけだ。いつまでもオレらと一緒に海賊ができるとは思っていなかったわけだろうぜ」


「単純に嫌になったんでしょ、雑用ばかりで――」


「だが、身に付いたことはあっただろ」


 苦労と痛みを知ることは、重要だ。

 アフターケアができる環境下での大怪我と、そうでない環境下での大怪我は違う。


 専門家がいる場であらゆる痛みを与えておくべきだと思ったのだ……、それが正解であるとは思っていないが、これが船長の子育てだった。


「反面教師が最も効果的で、楽なやり方だ」


「じゃあその手紙、船長への罵詈雑言でも書いてあったんすか……? そもそも汚いから読めなかった、とか?」


「いや?」


 船長が紙を破り捨てる。


 細かい紙片が風に乗り、空高く舞い上がった。


「オレらには似合わねえ言葉だ――だが、最初で最後と思えば、良いもんだな」




【実際の未来】


 滴る墨汁が人の形を作ったような不気味な生物……生物?

 生命体であるかどうか怪しいものだった。


 嵐の中を過ぎた海賊船は、帆は破れており、マストは折れ、今にも沈んでしまいそうなほどにボロボロだった……。甲板に倒れる海賊たちは、黒い影に飲み込まれていて――。


 穴、だったのだ。


 海賊たちは――特に船長は、大きな穴を持っていた。


 息子同然に思っていた少年の脱走――、その空いた穴を突かれ、飲み込まれた。


 船長は、自らこの海賊団を、壊滅させてしまったのだ。



「倒しても倒しても、どこから湧き出てくるのかしらね、あなたたちは……ッ!」


 声に反応した黒い体を持つ人型のそれが、上を向いた。顔はある、が、目や鼻と言った部位はなく、凹凸もないため、つるつるの顔面だ。

 出会う黒い存在の全てがそういう容姿をしているわけではないが、上半身や下半身に変化はあれど、顔は同じである。


 表情だけは、どうしても読めない。


「口もないから喋られないわよね……、意思疎通ができればいくらマシなんだけどさ」


 外套を羽織ったツインテールの魔女が、海賊船を持ち上げた。

 と言っても両手で、ではない。

 指先一つで、触れもせずに操っている――魔女だけが使える『特権』だ。


 そして、海賊船を切り刻み、バラバラになった破片、その鋭利な切っ先を黒い存在に突き刺した。


 手応えはない。

 まるで水に刃を突き刺しているような――。


 それでも、黒い存在は形を崩し、滴る墨汁のように、その体を海へ浸透させていく。

 海が黒く染まる、ということはないが、退治した、とは思えない結果だ。


 またいずれ、どこかで出てくるはず……、そしてまた、被害を拡大させるはずだ。


 厄介ごとが起きて退屈ではないものの……、喜べない事態だ。


 野放しにしておけば、この箱庭が壊されてしまうだろう……。

 苦労してここまで発展させてきた、『人類再生計画』が、台無しになる。



「……なんなのよ、あいつら……っっ」



 魔女スコールが、広がる海を見下ろした。


 すると、水面をたゆたうビンが、一つ。


 水面から飛び出した黒い手がビンを掴み、砕いた。



『その存在』は、あったはずの未来を歪めたのだ――不具合。


 正常な動作をさせない。


 未来を歪めて台無しにする――、

 それは魔女たちが想定していなかった、知る人が言えば、『バグ』である。


 箱庭世界の隙間に存在する『バギー帝国』。

 バグの温床。


 魔女たちが望む人類再生計画の、最大にして最強の、

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