第2話 飲みなさいよ


「さてと。早く帰って新作のゲームの続きをやりますか」


 下校時刻。俺はウキウキで靴を履き替えていた時である。


「下平。いいところにいるわね」


 突如、ガッ! と俺は後ろ首を鷲掴みされてしまう。

 振り返るとそこには黒川雅くろかわみやびの姿があった。


「な、なに?」


「ふふーん。私、今凄くムシャクシャしているんだよねぇ」


「へ、へー。そうなんだ。じゃ、俺はこの辺で……」


「行かせないけど?」


 首を掴んだ手はガッチリ固定されている。女の子にしてはかなり力が強い。

 握力いくつあるのだろうか。俺は逃げることを阻止されてしまう。


「こっちきな。たっぷり遊んでやるからさ」


 俺は黒川に無理やり駐輪場の方へ連れていかれる。

 誰もいないことを確認してようやく手を離された。


「あの、俺早く帰らないといけないんだけど」


「そんなの知らないし。私のイライラ解消に付き合ってもらうよ」


 それこそ知らないし、とは言えない。余計なことを言って刺激を与えると面倒なことになるのは目に見えていた。

 ここは我慢して殴られたり、蹴られたりされるのが定石か。

 諦めたように俺はグッと目を瞑って腹に力を込めた。もう好きにしてくれと。


「おい。何をやっているんだよ。下平!」


「え? 何って暴力でストレス解消をするんでしょ?」


「そんなことをしたら私の手足が痛いだけでしょ。余計にイライラするわ」


「えっと、じゃ何を付き合えばいいの?」


「上を向いて口を大きく開けろ」


「え?」


 その意図が分からず聞き返してしまう。


「いいから言われた通りにしろよ」


「わ、分かったよ」


 俺は上を向いて口を開ける。


「もっと大きく開けろ。そして目を瞑れ!」


 俺は言われた通りに動いた。

 何をされるか分からないが、逆らったら余計に怖い。

 すると、俺の口の中に何かが入った。

 な、何だ。これは。水? いや、水よりも少しねっとりしているような?

 目を開けると黒川は俺の真上で見下ろしていた。


「え? 何をしているんですか?」


「ちっ。勝手に目を開けるなよ。まぁいい。そのまま口を開けて動くなよ」


「え……?」


 なんと。黒川は口から溢れる唾液を作り出し、俺の口の中へ流し込んでいたのだ。


「え、ちょっと。うぐっ!」


「吐き出すな。全部飲みなさいよ」


「ん、んぐ。ゴクッン!」


 俺は黒川の唾液を飲み込んだ。


「キャハハハハ! 本当に飲み込んだ。どう? 美味しいでしょ?」


「あの、まさかストレス発散ってこれですか?」


「はぁ? 悪いかよ。唾を飲み込むなんて普通出来ないでしょ? あんたが苦しみながら飲み込む姿を見られたらいいストレス発散だわ。オラ! もっと飲ませてやるよ」


 暴力を振るわれるより全然いい。

 むしろ、女子高生の唾液を飲めるなんてご褒美ではないだろうか。

 それから二回ほど唾液を飲まされたが、根をあげたのは黒川の方だった。


「ダメだ。口の中、もうカラカラだ」


「じゃ、もう終わりですか?」


「いや、まだイライラが収まらない。こうなったら」


 そう言って黒川はスポーツ飲料の入ったペットボトルを取り出す。

 それを口に含んで俺に口移しをしたのだ。

 これはもう完全にキスだ。

 黒川の唇が俺の唇に激しくぶつかる。


「ぶっ!」


「ぷふぁ! どうよ。一気に流し込んで苦しいだろ?」


「苦しいですけど、不快ではなかったような」


「はぁ? 何を言っているんだ?」


「いえ、何でもありません」


「どうやらまだ足りないようだな。もう一発入れてやるか」


 黒川はペットボトルの中身を飲み干す勢いで口に含み、俺を窒息させるように一気に口の中の飲み物を放出させた。


「んぐ! ぐぐぐ! ぷふぁ! はぁ!」


「ふん。どうだ? 苦しいだろ。今のでイライラは収まったよ。これくらいで勘弁してやる」


「あ、あの……」


「何だよ。文句あるのか?」


「い、いえ。ちなみにどうしてイライラしていたんですか?」


「あぁ? 購買の焼きそばパンが買えなかったからに決まっているだろ」


 決まってはいないが、そんなくだらないことでイライラしていたのかと俺は呆れてしまう。それでも俺は口にも態度にも出さなかった。

 心がスッキリしたのか、黒川は嬉しそうに去っていく。俺はまた美少女ギャルに虐められた。だが、それは俺にとってご褒美であることは内緒の話だ。


「そうだ。早く帰ってゲームをやらないと」


 本来の目的を思い出した俺は黒川のことを思いつつ帰るのであった。

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