第22話 みーこ再び
アオイとの買い物中に襲撃されてから一週間ほどが経った。その間に弥勒は天使と遭遇することはなかった。だが原作では天使との遭遇描写が4月前半に何回かあったことから単に弥勒が出会えていないだけと言える。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
毎朝の日課を終えて、アオイと一緒に登校してから教室に入る。麗奈とはあの事件以降、簡単な話なんかはするようになった。
すると弥勒の目に予想外のものが飛び込んでくる。それは麗奈の学生鞄にくっついている二体の人形だった。
「ひ、姫乃木、その人形って……?」
見覚えのある姿に恐る恐る尋ねる弥勒。すると麗奈は嬉しそうな表情をして答える。
「これはワタシの推しのセイバー様の人形と相方の魔法少女よ」
「せ、せいばーさま?」
予想していたが予想外の答えに混乱する弥勒。今まで彼女の鞄に人形らしきものが付いていたのは気付いていたが、よく見ていなかったのだ。今朝になってその人形が増えていたため何となく注視したら物凄く見覚えのある形だったため慌てている弥勒。
「それってアニメとかのキャラとか?」
「似たようなものね」
弥勒からの問いに誤魔化す麗奈。一般人(だと思っている)の弥勒に自分たちの事を教えるわけにはいかないからだ。
「そ、そうなんだ。姫乃木さんも推しとかいるんだな」
「意外かしら? ワタシだって推しの一人くらいいるわ」
麗奈は事も無さげに答える。確かに今時の女子高生ならアニメやアイドルなんかで「推し」がいるのは普通の事だ。もちろんそれは弥勒も理解している。
「(俺の人形じゃなければなぁぁー--‼)」
心の中で叫び声を上げる弥勒。このまま進んでいけばセイバーへのヤンデレ一直線となる危険性があるため焦っているのだ。さらりとメリーガーネットの人形をセイバーの相方と呼んでいるのも恐ろしい。
「(お前の相方はメリーインディゴだろうが!)」
もちろんそれは口には出さないが。
「それもそうだな」
深追いすることは避けて授業の準備をする弥勒。麗奈の方も特に気にすることなくスマホをいじっている。そしてそのまま授業に突入していくのであった。
一日の授業が終わり放課後になる。今日はどうしようかと考える弥勒。ここ最近は放課後になると適当に学校の周辺をブラブラしながら時間を潰していた。目的はもちろん天使を探すためだったが、成果は無かった。このまま同じような手段をとっていても天使との遭遇率は上がらないだろう。
「どうすっかな~」
ちなみに図書室での勉強も合間に続けてはいる。元々は成績に問題なかったため異世界時代に抜けた穴を徐々に取り戻しつつある。しかし今日は居残り勉強といった気分ではないようだ。
「なーに難しい顔してんの、みろくっち!」
後ろから急に抱きつかれて驚く弥勒。やや甘めの柑橘系の香りが弥勒の鼻を刺激する。彼が慌てて振り返るとそこにはみーこがいた。
「みーこ⁉︎ どうしてここに?」
唐突な登場に思わず問いかけてしまう弥勒。まさか自分の教室にいきなりみーこが現れると思っていなかったのだ。
「どうしてって、ふつーにみろくっちとデートしたいなーって思ったから?」
首を傾げながら可愛らしく表情を作るみーこ。普通の男子なら一発で落とせてもおかしく無いレベルの小悪魔さだ。弥勒もリップが塗られた艶のある唇に思わず視線が吸い寄せられる。
「デートって……ラーメンか?」
先日の出来事を思い出してつい口からラーメンという単語が出てしまう弥勒。
「ぶーぶー、ラーメンばっかじゃつまんなーい! 今日はフルーツサンドが食べたい気分!」
「フルーツサンド……そんなんどこで売ってんだ?」
流行りに疎い弥勒はフルーツサンドと聞いてもピンと来ていないようだ。弥勒にとってはたまにコンビニで見かける程度のものでわざわざ食べに行くものではないのだろう。
「左神大野に4月から新しくフルーツサンドのお店ができたのサ。いざゆかん!」
腕を上げて元気いっぱいに宣言するみーこ。もう片方の腕で弥勒を引っ張る。ちなみに左神大野は大町田の一駅隣だ。弥勒の家とは逆方向だが。
「わ、分かったよ! 一緒に行くから腕を引っ張るなって」
「いえーい!」
嬉しそうに笑うみーこ。ガッツポーズまでしている。弥勒は荷物をまとめて立ち上がる。
「にしてもわざわざ俺を誘うなんてな。フルーツサンドとかなら女子同士で行った方が楽しいだろ」
「彼氏と一緒の方がおいしーし?」
「誰が彼氏だ、誰が!」
「そかそか、みろくっちの本命は巴さんだもんねー。アタシは所詮遊びの女かー」
不穏な発言をするみーこに固まる弥勒。
「誤解が生まれる様な言い方すんな! てかどこでそんな情報……」
「えー、結構噂になってるしぃ。巴さんとみろくっちのカップル」
衝撃の事実に開いた口が塞がらない弥勒。そもそもカップルですら無いのだが、先日後ろの席の和田君にも同じようなことを言われたため気になるようだ。
「いやそもそも付き合ってないし」
「ほぉほぉ、みろくっちは付き合ってない女の子と毎朝一緒にランニングして毎朝一緒に登校する系男子なんだ?」
「そこだけ切り取られると俺がクズみたいだろ! 本当にアオイとはただの友達だって」
「みろくっちが言うならそーゆーことにしといたげる」
みーこの台詞に苦虫を噛み潰したような顔になる弥勒。何故かみーこが妥協した風になっているが、弥勒としてはアオイとは本当に付き合ってないのだ。むしろ付き合わないように努力してると告げたいくらいだ。
「そういう事も何も事実なんだが……。てか他に変な噂とか無いよな?」
「みろくっちが女子のパンツ漁ってるとか?」
「そんな事しとらんわ!」
「あはは! ちなみに今日のアタシのパンツの色知りたい?」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてくるみーこ。しかし弥勒もやられっぱなしではない。軽く反撃に出る。
「俺は黒のボクサーパンツだ」
「はい、拡散拡散……」
スマホを弄りながら弥勒のパンツ情報を拡散しようとするみーこ。
「拡散すな!」
結局、みーこには勝てない弥勒。所詮、思春期童貞がギャルに悪戯で勝てる訳がないのだ。
そんなやりとりをしながら校門を出て駅へと向かう二人。みーこはやけに弥勒にくっついている。普通の友人同士の距離よりも明らかに近い。
「近くないか?」
「デートなんだから当然っしょ」
ことも無さげに答えるみーこ。弥勒としては何故ここまでみーこに気に入られているか分からないため不審顔だ。
「みーこは部活もう決めたか?」
「決めてなーい。どうせ幽霊部員だしー」
「あと一週間ちょいで決めないといけないんだよな」
すでに4月は折り返しいるため、部活選びの猶予が徐々に無くなってきている。どちらにしろ弥勒も幽霊部員の予定なのでそこまで真剣に考えている訳ではないのだが。
「みろくっちは空手部とか柔道部とかじゃないの? アタシを助けてくれた時、すごかったじゃん」
「いや俺も幽霊部員の予定。放課後は忙しいし」
「なんかバイトでもしてるとか?」
みーこに聞かれて思わず詰まる弥勒。何となく放課後は忙しいと答えてしまったが、一般人に天使について話すわけにはいかない。原作ヒロインの麗奈とアオイの前ではボロを出さないように注意してるが、みーこの前ではつい警戒が緩んでしまったのだ。
「あー、そんな感じ?」
「あやしー。さては何か悪いこと企んでるとか」
「そんなこと企んでないわ! むしろ何か企んでるのはみーこの方じゃないのか?」
「えー、みろくっちひどーい! アタシのことそんな風に思ってたんだ~」
ニヤニヤとしながらみーこがからかってくる。喋り方こそ緩い感じだが意外とのらりくらりと弥勒からの追及をかわしている。
「そんな風には思ってないさ。ただ随分と俺に好意的だなと思って」
「悪質なナンパから助けてもらったんだから普通っしょ?」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなのだー」
中身のないやり取りを続けながら二人は電車に乗って、隣の駅の左神大野にあるフルーツサンドの店へと向かうのだった。
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