第23話 フルーツサンド


 左神大野の駅に着き改札から出る二人。外には人が多いが大町田の駅ほどではない。そのまま駅に直結している商業施設に入っていく。


「あんま左神大野には来たことないな」


「あれ、そなの? 地元近くでしょ」


「何で俺の地元知ってるのかはツッコまないぞ。そもそもこっちよりも大町田の方が近いし、栄えてるからな」


 エスカーレーに乗って上のフロアへと上がっていく。時間帯的に学生が多い。弥勒たちと同じ制服を着ている人たちもそれなりにいる。


「あった! ここ、ここ!」


 お目当てのフルーツサンド店は4階にあり、そこには既に十人近く並んでいる。学生、しかも女子が多い。とりあえず列に並ぶ。


「見事に女子ばっかりだな」


「フルーツサンドは映えるし。ここはお店の壁にSNS用の撮影スポットがあるから完璧なのだよ」


 みーこが指さした方を見ると壁が薄いベージュ色になっており植物の絵が描かれている。その前で女子高生二人組が自撮りしている。


「みろくっちはSNS何かやってないの?」


「いや見る専門だな」


「ならこれを機にはじめよー! はい、スマホ貸して」


「いやだ」


「ぶー、けちー」


 わざとらしく唇を尖らせながら非難してくるみーこ。


 しばらくすると自分たちの順番が回ってくる。ショーケースには色とりどりのフルーツサンドが並んでいる。


「アタシはシャインマスカットとミカン!」


「なら俺はキウイといちごで」


 並んでいる間にメニューを何となく決めていた二人はすぐに注文を済ませる。値段は普通のデザートよりもやや高めだ。


「お待たせしましたー」


「ありがとーございまーす」


「ありがとうございます」


 すぐに出てきたフルーツサンドを受け取り、撮影スポットへと移動する。


「めっちゃキレイ! 食べるの勿体ないし」


「こんな断面の見せ方をするのか……」


 みーこは嬉しそうにフルーツサンドを眺めている。一方で自分の知ってるフルーツサンドとの違いにカルチャーショックを受けている弥勒。


「さぁさぁ、撮ろう! ほらみろくっちも!」


 みーこはそう言いながら撮影スポットの前にフルーツサンドを掲げる。弥勒も言われた通りに反対側で同じようなポーズをとる。


「はい、チー!」


 ポーズが取れ次第、流れるように写真を撮るみーこ。あっという間に撮影が完了する。


「よし、これでおけ! いこう!」


 撮影が終わったので次の人の邪魔になら無い様にすぐさま場所を空ける二人。弥勒は最早、みーこに言われるままに動いているだけだ。


 そのままお店の奥にあるイートインスペースに座る。みーこは写真撮影してからずっとスマホをいじってる。


「アップかんりょー! 見てみて!」


 フルーツサンドの写真をSNSに上げ終えたようで画面を見せてくるみーこ。


「みろくっちと放課後デート……って嘘書くなよ!」


「ん〜、あまーい!」


「聞いてないし」


 みーこは美味しそうにフルーツサンドを食べている。弥勒からの苦情を聞き入れる気は無さそうだった。


「そだ、みろくっちってどんな女の子がタイプなの? やっぱりおっぱい大きい子?」


「やっぱりって何だよ。俺のタイプは普通の子だ」


「なにそれ、つまんなーい」


 弥勒の言う普通の子とはヤンデレにならない女の子という意味なのだが、もちろんみーこには伝わっていない。そのため弥勒が無難な回答をしてきたと思ったようだ。


「今まで彼女がいたりとか、好きだった子はいない感じ?」


「うーん……。今のところは」


「そかそか。でもみろくっちもヒドイ男だよね~」


 弥勒の言葉を聞いてからニヤニヤするみーこ。ただし目は笑っていない。


「何がだよ」


「だってさ、みろくっちって鈍感じゃないじゃん? むしろ鋭い方っしょ。だからヒドイな~って」


「何の話だよ」


「恋愛の話だよ。みろくっち、巴さんからの想いを分かってて無視してるよね?」


 まさかみーこからそんな指摘をされると思ってなかった弥勒は目元に皺を寄せて黙ってしまう。みーこはその沈黙を肯定と受け取ったのか話を続ける。


「そんな怖い顔をしないでよー。非難してる訳じゃないし」


「……」


「アタシとしては好都合だし、ね?」


「お前……」


 弥勒はみーこを睨みつける。だがそれは逆効果だった。睨まれたみーこは笑みをより深くした。


「そうそう、その顔! のそーゆー顔が見たかったのサ」


「何を言って……」


「ごちそーさま! みろくっちも早く食べなって」


 これ以上、語るつもりは無いようでみーこは片付けに入る。弥勒としても無理矢理聞き出すことは出来るが、一般人相手にそこまでするつもりはないため詮索は諦める。


「(こいつは一体、何を考えてるんだ……? やっぱり俺のことを知っているのは間違いないようだが)」


 みーこを観察しながら残りのフルーツサンドを急いで食べる弥勒。見られているのが分かっているみーこは弥勒に向けてにっこりと微笑んだり、ペロリと下を出したりと表情を変えてふざけている。


「ごちそうさま」


「フルーツサンド美味しかったね!」


「急いで食ったから味全然分からんかった」


「えー、もったいなーい」


「お前が変なこと言うからだろ!」


 みーこのリアクションにツッコミを入れる弥勒。みーこは本当にさっきまでの話を気にしていないらしく、普段通りのテンションで話しかけてくる。そのため弥勒もつられて返事をしてしまう。


「いよいよ次はラーメンなり!」


「行かねぇよ! どんだけ食う気だ」


 お店を出てそのままラーメン屋に行こうとするみーこを止める。


「と、と、とんこつ~。おいしくこってり~」


 謎の歌を歌っているがどうやら気分は豚骨らしい。大量のクリームが入ったフルーツサンドの後にこってりの豚骨に行こうとしているのは若さからだろう。しかし弥勒はすでに腹が満たさているため拒否する。


「行かないぞ。もう帰ろう」


「一人でも行くのだ! 豚さんがアタシを呼んでいる!」


「ならここでお別れだな」


 みーこはどうしても豚骨ラーメンを食べたいようで一人でも行くようだ。そこで弥勒は別れを切り出す。


「もすこしデートしたかったのにな~。仕方ないかぁ」


 残念そうな表情になるみーこ。


「それじゃ、ばい!」


「おう、じゃあな」


 みーこは駅ビルを出ると外へと行ってしまう。左神大野にも慣れているようだったので行きつけのラーメン屋でもあるのだろう。その足取りも迷いが無い感じだった。残された弥勒はそのまま改札に入る。


 ホームに向かって歩いていく。そこで考えるのはみーことの先ほどのやりとりだ。


「(俺のことを知ってるとして、可能性が大きいのは中学時代だが……)」


 現実時間では弥勒が中学生だったのは数週間前だが、異世界に数年いた弥勒にとっては何年も前の話なのだ。仲の良かったクラスメイトなどは覚えているものの、クラスメイト全員覚えている訳ではないし、他クラスならなおさらだ。


 異世界での経験が濃すぎて、中学時代が遥か昔の事のように思える。ましてや小学生時代などはほとんど覚えていない。外部から何か指摘されたら思い出せるかもしれないが、自力では難しいだろう。


「(帰ったら母さんに聞いてみるか)」


 もしかしたら母親なら知っているかもしれない。そう思った弥勒は帰ったら確認しようと考える。親は意外と自分が忘れている友人たちとのエピソードなどを覚えていたりするのだ。


 ホームにやってきた電車に乗り込む。三駅で最寄り駅まで付くため座席には座らずにドアの脇に立つ。各駅停車に乗ったため電車内は混雑していない。


「(そういえば天使との遭遇方法を考えないとな)」


 みーこの件は極論で言ってしまえば、力でどうとでもなる。何を企んでいようが、弥勒としては対処できる自信があるのだ。だから優先順位はそれほど高くない。気にはなるが、それだけだ。


 今、大きな問題は天使とどうやって遭遇するかということだ。原作主人公は魔法少女たちのそばにいたため特に苦も無く遭遇していた。しかし弥勒はヒコたちと接触する機会が戦闘時しかないため、うまく天使を見つけることが出来ていないのだ。


「(アイテムボックスにあるものも役に立たなそうだし)」


 異世界で手に入れた素材やマジックアイテムなどはあるが、使えそうなものは手持ちにはない。次に思い浮かぶのは魔法少女側の動きを察知する方法だ。しかしこちらは監視かGPSのような機械で動きを補足するしかないという結論になってしまう。


「(というかそんなことしたら俺がヤンデレみたいじゃないか!)」


 心の中でツッコミを入れる弥勒。最後に思い浮かんだのはヒコが言っていた弥勒と天使の力が同じ光属性という言葉だ。


「(自分と同じ気配を探せば良いのか……?)」


 今までは索敵時に自分を中心とした一定の範囲に魔力を薄く流して探知していた。しかしこれでは無駄が大きい。同種の力の反応さえ捉えられれば良いのでもっと薄く広くすれば見つけられるかもしれないと思う弥勒。


「(ちょっと練習してみるか……)」


 そういって家に帰るまで「魔力探知・改」の練習をする弥勒であった。

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