第21話 麗奈とアオイとカフェ


 あの事件が起きた翌日の放課後、姫乃木麗奈と巴アオイの二人はカフェにいた。駅の反対側にあるカフェで、こちらはそれ程人通りが激しくないため落ち着いた雰囲気となっている。


「ここ前から入ってみたかったんだよね~」


「ワタシは何回か来たことあるけど、ここのカヌレはおすすめよ」


「ならあたしもそれにする!」


 店員を呼んで注文をする二人。カヌレと紅茶のセットを頼む。店内には紅茶の良い香りが漂っていて食欲が刺激される。


「あなたを呼んだのは他でもないわ。昨日の件よ」


「だよね。でも弥勒くんはいいの? 当事者だったのに」


 麗奈からの切り出しに頷くアオイ。


「彼とワタシたちでは立場が違うわ。彼はたまたま巻き込まれただけだけど、ワタシたちは魔法少女としてこれからもあの天使たちを相手にしていかなければならないの」


魔法少女というくだりで声を小さくする麗奈。周りの人たちに話を聞かれないようにするためだろう。アオイも心なしか頭を麗奈の方へと近づけている。


「まず昨日いたあの化物たちは天使と呼ばれる存在よ」


「天使……。確かに見た目はそれっぽかったけど……。羽とか輪っかとかあったし」


「見た目だけの問題ではないわ。天使たちは神様からの命令でこの世界を破壊しにきているのよ。つまりは本当に天からの使いなの」


 麗奈の説明に驚くアオイ。天使とは見た目からついた名称だとばかり思っていたのでまさか本当に天からの使いだとは思っていなかったのだ。


「な、なんで神様はそんな命令を出したの?」


「単純に人類の活動に怒りを覚えたかららしいわよ。ここ数百年で地球の環境は恐ろしいほど悪化しているわ。そのほとんどが私たちのせいだもの」


 麗奈の言葉に思わず納得してしまうアオイ。今、問題となっている地球温暖化も森林が減少しているのも、動物の絶滅もほとんどが人間の業の結果だ。もし自分が神様だったとしても同じように怒るだろうと考える。


「でも、だとしたらどうしようもないんじゃないの?」


 相手がただのモンスターならなんとか出来る可能性はある。しかし神様が相手となれば話は別だ。このまま天使を倒していったとして最後に出てくるのは神様だろう。神様を相手にして勝つことが出来るだろうか。


「そうね。でも天使を倒せる力があるなら、神様を倒せる力もあるかもしれないわ」


「その天使を倒せる力っていうのは大丈夫なの?」


 ヒコと契約して魔法少女になったのは良いが、敵は本物の天使だった。では天使を倒せる力とは何なのか。それを考えると何か恐ろしいモノと契約してしまったのではないかと怖くなるアオイ。


「ヒコは自分のことを闇の妖精と名乗っていたわ。そしてワタシたちは闇の力で魔法少女になっているの」


「えぇ⁉︎」


 闇の力と聞いて思わず声を上げてしまうアオイ。それから慌てて口を塞ぐ。周りの人たちに注目されてないようにトーンを落として話を続ける。


「まぁ大丈夫よ。どちらにしろ天使を倒さない事にはワタシたちも死んでしまうんだし」


「うぅ、思ってたより話が壮大でついていけないよぅ」


 アオイの中では長い封印から目覚めた化物たちを倒してみんなでハッピーエンドくらいのイメージだったのだ。それが世界の存亡を賭けた戦いで、自分たちが闇の力を使うなどとは思ってもいなかったのだ。


「もう魔法少女になったからには戦うしかないのよ。あと仲間探しね」


「仲間? あたしたち二人じゃないの?」


「ヒコが言うにはあと三人分の契約ができる余裕があるらしいわ。どうせなら仲間は多い方がいいし、こちらも天使討伐と並行しながら探す感じね」


「そうなんだ。確かに仲間は多い方が負担は減るもんね。早く見つけよう!」


 世界の存亡を女子高生二人で背負うのは荷が重すぎるため仲間探しに気合いを入れる。最も五人になったとて重すぎる問題だと思うのだが、そこは考えないようにした方が良い。


「それとワタシたちには協力者がいるの」


「協力者?」


「ええ、セイバーという戦士よ」


 ここに来てセイバーの話を切り出す麗奈。


「セイバー?」


「ええ、ワタシたちと同じ天使を倒してる存在よ。正体は分からないのだけれど」


「正体が分からないってあたしたちみたいに変身してるってこと?」


 ようやく大まかな話が飲み込めたばかりなのにセイバーの話を出されて混乱しているアオイ。


「そうね。それで仮面を被っているから正体が分からないのよ」


「ヒコが誰かを変身させてるんじゃないの?」


「いえ、どうやらそれが違うらしくて。ヒコが言うにはセイバーは天使たちと同じ力を使ってるって」


「めちゃめちゃ怪しいじゃん!」


 アオイは麗奈からの話に至極真っ当なリアクションを返す。普通に考えれば敵と同じ力を操っている謎の存在など怪しい事この上ない。


「あ、怪しくはないわよ! とにかく彼は味方なの! 彼に助けられなかったらワタシだって大怪我してたかもだし」


 麗奈はアオイからの指摘に顔を真っ赤にして反論する。それを見ていたアオイは納得したような表情を浮かべる。


「ははーん、さては惚れたな?」


「なっ⁉︎ そ、そんな訳ないでしょ!」


 アオイの発言に慌てる麗奈。昨日の帰り道とは真逆のパターンだ。むしろ昨日からかわれたことを根に持っていたアオイが仕返しした形だが。


「まぁ冗談は置いといて、あたしとしては会ってみないと分からないかな」


 麗奈のリアクションを見て満足したのかあっさりと話を戻すアオイ。それに麗奈は面食らうものの話が戻ってくれた方がありがたいので、そのまま乗っかる。


「それで良いわよ。会えば彼に敵意が無いのは分かるだろうし」


 話が一区切りついたタイミングでカヌレと紅茶が運ばれてくる。


「わぁ、美味しそう! いただきます!」


「いただきます」


 一旦、難しい話はやめてカヌレを味わう二人。アオイはリアクションを取りながら、麗奈は静かに味わっている。


「おいし〜! やっぱり勉強のあとの甘いものは最高だよね!」


「そうね、ただ食べ過ぎるとすぐ太ってしまうから注意しないと」


「え?」


「え?」


 お互い顔を見合わせる二人。恐ろしい事実に気付いてしまった麗奈は慄きながらも切り出す。


「ま、まさか巴さん。あなた、食べても太らないのかしら……?」


「う、うん。むしろあたしはたくさん食べないと痩せちゃうから……」


「ぱうっ」


 あまりのショックに奇声を上げながら顔を伏せる麗奈。読者モデルをしている関係上、食事にはかなり気を付けていたのだ。だというのにアオイはそれに無頓着だった。


「ひ、姫乃木さん⁉︎」


 突如倒れた麗奈を心配するアオイ。


「ほら、あたしは運動部だから! 自主練もしてるし」


 アオイは陸上部のため運動量も多い。ましてや朝のランニングもしているのだ。普通の学生に比べたら消費カロリーが大きくなるのも当然だろう。最も彼女自身の燃費が悪いというのも大きな理由だが。


「そうよね! 巴さんは運動部だものね。ワタシは全然普通だわ」


「そうだ! 今さらだけどあたしのことはアオイって呼んでよ」


 カロリーの話から上手く話題を逸らすアオイ。すると麗奈の目にも光が戻ってくる。


「ならワタシの事も麗奈でいいわ、アオイ」


「分かった、麗奈ちゃん!」


 二人はキャッキャッとはしゃぎながら喋っている。ここからは真面目な話ではなく学生らしい話をしていくのだろう。


「それで昨日は誤魔化されたけど夜島くんとはどういう関係なの?」


「どういう関係って普通の友達だよ?」


「普通の友達っていう割には距離が近かった気がするけど……。中学からの知り合いなのかしら?」


「ううん。知り合ったのは春休みに入ってからだよ」


 その答えに驚く麗奈。お互いの雰囲気からしてもっと前からの知り合いだと思っていたのだ。


「つい最近じゃない」


「あたし毎朝ランニングしてるんだけど、春休みに入ってから弥勒くんもランニングを始めたみたいでそこから仲良くなったんだ~」


「健全な出会い!」


 想定していたより爽やかな出会いのエピソードに驚く麗奈。弥勒の姿を思い出すと確かに体格が良かったので運動もできるのだろうと考える。


「でも夜島くんって運動部には入部してないわよね?」


「まだ決めてないって。陸上部も断れられたし」


「毎朝、運動してるなら何か運動部に入ればいいのに」


「そうだよね~。でも弥勒くんってマイペースなとこあるから。そういう麗奈ちゃんはどこ入るか決めたの?」


「ワタシは一応、料理部に入ったけど幽霊部員よ」


 話が恋愛から部活の事へとシフトしていく。こうして二人は魔法少女の仲間として親睦を深めていくのであった。

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