第20話 麗奈の夜


 姫乃木麗奈はその日の夜、上機嫌だった。自分の部屋で明日の学校の準備をしながら鼻歌を歌っている。その脇には大きなベッド、そして勉強机。クローゼットと薄いピンク色のカーテン。あまり余計なものは置いていないシンプルな部屋だった。


「ご機嫌でやんすね」


 そばにいたヒコが麗奈に尋ねる。ヒコの手には160mlの缶ジュースが握られている。そこにはストローが刺さっており、それを器用にちゅうちゅうと吸っている。ちなみに飲んでいるのはオレンジの炭酸飲料だ。つい先日初めて飲んだ炭酸飲料に感動したヒコはそれ以来、炭酸ジュースばかり飲んでいるのだ。


「まぁね、ついに仲間が増えたわけだし」


 ニコニコしながら麗奈がそう答える。彼女は今まで魔法少女になってほとんど一人で戦ってきた。たまにセイバーとは共闘していたものの、彼の存在は謎が多く完全な味方とは言えなかった。そんな中でようやく正式な仲間ができたのだ。これが嬉しくないはずがない。


「そうでやんすね。この調子で仲間を増やしていくでやんす!」


「そうね。特にアオイが前衛タイプなのはありがたいわ」


 麗奈はどちらかというとサポートタイプだ。ただし必殺技の威力はかなり強力で数体の天使をまとめて吹き飛ばすことができる。一方でアオイは一対一が得意な近距離ファイターだ。必殺技もどちらかといえば単体攻撃寄り。


 この組み合わせは悪くない。敵が単体ならアオイを中心に、複数なら麗奈のサポート技を中心に戦いを組み立てれば大概の敵は対処できるだろう。欲を言えば遊撃要因が欲しいところだが。


「ま、それは今後に期待ってことかしらね」


 明日の学校の準備を素早く終わらせた麗奈は机の引き出しから裁縫セットを取り出す。それはピンク色の可愛らしい箱だ。


「今日こそ完成させるわよ!」


 麗奈は気合を入れてそう叫ぶ。裁縫セットの中から裁縫道具と作りかけの人形を取り出す。


「またそれでやんすか~」


 ヒコはあまり興味なさそうにしている。ジュースは飲み終わったのか宙に浮きながらクルクルと回って遊んでいる。


「いよいよ大詰めなのよ。もう少しでセイバー様の人形が完成するわ!」


 彼女が作っているのは何を隠そう、セイバーの人形だったのだ。


 姫乃木麗奈は昔から何でもそつなくこなす人間だった。少し勉強すれば学年でも上位の成績になったし、中学生の時にはテニス部で全国大会にもいっている。現在は読者モデルとしても成果を上げている。


 大概のことは習えばすぐにマスターできた。それ故に物事にあまり本気で挑んだことがない。中学一年生の時にテニスで全国大会に出たが、翌年には退部した。理由は単純で先が見えたからだ。あと普通に一年もやっていれば全国大会で優勝できただろう。


 だから退部した。普通にできることに時間を費やしても意味がないと思ったのだ。しかし周りの反応は違った。彼女をなんとかテニス部に引き戻そうと躍起になり、それが無理だと分かると今度は彼女を腫れ物を扱うかのように接してきた。


 そのあとたまたま街でスカウトされ読者モデルになると周りはまた彼女を囃し立てた。その人々の手のひら返しに辟易とした彼女は周りとあまり積極的に関わらなくなった。幸いテニス部を辞めたときも態度が変わらずにいてくれた友人たちが何人かいたため彼女は友人関係に困るということはなかったのだが。


 高校に入学した際に自己紹介で読者モデルについて話したのもそのあたりを見極めるための試金石だ。肩書に釣られてくるような人たちとは付き合いたくないという意思の表れでもあった。


 そんな才能溢れる彼女は本当に熱中できるものを探していた。数少ない友人たちはそれぞれ熱中しているものがあった。彼女はそれを羨ましく思っていた。


 もしかしたら自分もハマるかもしれないと友人たちの趣味に付き合った事もあったが、熱中するほど好きにはなれなかった。その中の一人がアイドルにハマっており「推し」という概念を教えてくれた。


「ふふふ、もう少しでセイバー様人形が完成するわ」


 セイバーの姿を初めて見た時に思い出したのはその「推し」という言葉だった。


 彼の技量が非常に高い水準にあるというのは一目見て分かった。ピンチになっていた自分を救ってくれた時の動きなど常人にできるそれではない。


 自分のように与えられた力と才能にものをいわせている訳ではなく、天使のように決められたプログラムを忠実にこなしている訳でもない。


 巨大な力を磨き上げられた技術でもって繊細にコントロールしている。それは麗奈には無いものだった。


 故に憧れを抱いた。言うなれば自分の挑んでいる分野のプロを初めて生で見たのと同じだろう。彼女は純粋にセイバーのファンになったのだ。自分の遥かな高みにいる存在として。


 それを表す言葉が彼女にとっては「推し」だったのだ。


 二回目の遭遇時に彼は五体の天使相手に互角以上に戦っていた。その凄さに彼女は助太刀に入るのも忘れて写真を撮りまくった。


 「推し」のカッコ良いシーンを見逃してはならないと。それからしばらくして本来の目的を思い出して慌てて助けに入ったのだが。


 そして麗奈は家に帰ってきて大きなショックを受けた。なんと彼の写真が一枚もまともに写っていないのだ。そこで彼女はネットでセイバーの写真を探すもどれもピンボケしていてまともな写真が一枚もない。


 そこでようやくヒコから正体がバレないように魔法少女にジャミング機能が付いているのと同じようにセイバーの方にも似たような機能が付いているのだろうと説明を受けた。


 せっかく熱中できる「推し」を見つけたというのにあまりの仕打ちに彼女は大きなショックを受けた。


 そこで彼女は閃いた。「推し」のグッズを自分で作れば良いのでは、と。どちらにしろセイバーのグッズなど何処にも売ってはいないのだ。欲しければ自分で作るしか無い。


 こうして彼女はセイバー人形の製作に取り掛かったのだ。


「巴さんにもセイバー様の素晴らしさを教えてあげないとね」


 新たな仲間となった巴アオイには好きな人物がいるようだが、それは「推し」とはベクトルが違うので問題ない。むしろ天使討伐の上でセイバー様を理解することは大事なことなので是非とも教えてあげなければと麗奈は考えている。


「次はいつ会えるのかしら」


 セイバーの前では普通を装っているが、内心はウキウキなのだ。一ファンとして彼の活躍を最前線で見れるのは最高のことだ。


「よし! これで完成よ!」


 ついに出来上がったセイバー人形を掲げる麗奈。その声にヒコもふわふわと寄ってくる。


「見なさいヒコ、このクオリティを!」


 ぬいぐるみを自分で手作りするのは初めてだった麗奈だが、そこは持ち前の器用さが遺憾無く発揮されておりクオリティの高いものとして仕上がっている。


 人形は全体的に可愛らしくデフォルメされている。外套も仮面もきちんと装備しており左手には剣を持っている。


「ポイントはここよ!」


 麗奈が指差したのは右手の部分でここにはアクリルで出来た宝石が埋め込まれていた。これのおかげで少し手の込んだ感じに見える。


「おー、似てるでやんす」


「そうでしょ。次は何を作ろうかしらね」


 セイバー人形が完成して、次のグッズ作製に想いを馳せる麗奈。


「無難なのは缶バッジかしら。あとウチワは……微妙よね。ポーチなんかどうかしら」


「レーナの人形も作って並べて置くのはどうでやんすか?」


「っっっ⁉︎」


 ヒコからの思わぬアシストに固まる麗奈。口を大きく開けたまま動かなくなっているため非常にアホっぽい姿だ。


「あ、あんた天才ね! そうよ、ワタシの人形を作れば良いんだわ! こうしちゃいられないわ。すぐに取り掛かるわよ!」


 まさに天啓を得たとばかりにメリーガーネット人形作りに取り掛かる麗奈。作ったセイバー人形は紐を付けて学生鞄に結んでいた。紐まで灰色なのは彼女のこだわりだろう。ヒコは余計なことを言ってしまったことに気付いてため息を吐いた。


 麗奈の熱い夏はすでに始まっていた―――。

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