第19話 合流


 アオイから送られてきたメッセージに従って、その場に待機している弥勒。スマホをいじりながら情報を収集する。


「(とりあえずさっきの襲撃に関する目撃情報はSNSに出回って無さそうだな)」


 公園での天使襲撃は幸い目撃者がいなかったようで安心する弥勒。目撃者は少ない方が良い。そして荒らされた公園の後始末をすることになる人たちに心の中で謝罪をする。


「弥勒くん!」


 しばらくすると向こうの方からアオイの声が聞こえてきた。弥勒がスマホを見ていた顔を上げる。すると走って近づいてきていたアオイが弥勒に飛びつく。


「うおっ」


「うえ~ん。弥勒くん、無事で良かったよ~!」


 泣きながら抱き着いてくるアオイに弥勒は戸惑う。両手を中途半端な位置に上げて困っている。そのまま彼女のことを抱きしめないのはフラグを立てないためだろう。もうすでに手遅れなような気もするが。


「落ち着けって。俺は大丈夫だから」


「うん……ズビッ……」


 泣いているから鼻水が少し出ているアオイ。それをチーンと弥勒の服で鼻をかむ。服を汚された弥勒は顔が引きつっている。どうせ天使の攻撃によって制服は切られているので問題は無いのだが、気分的には問題大有りだ。


「そろそろ良いかしら?」


 二人のイチャついているかのようなやり取りにそばにいた人物が割って入ってくる。弥勒も薄々その存在に気付いていたがスルーしていたのだ。


「姫乃木さんがどうしてここに?」


 答えは分かっているが、何も分かってないのを装ってそう尋ねる。


「たまたま逃げていた巴さんに会ったのよ」


 麗奈も一般人に自分たちの正体を明かす訳にいかないため無難な回答をする。アオイは弥勒から離れて二人のやり取りを眺めている。泣いていたからか目元が少し腫れている。


「二人とも知り合いなの?」


「夜島くんとは隣の席なのよ」


「そうなの⁉」


「姫乃木さん、俺の事知ってたのか……」


 麗奈の言葉に驚くアオイ。弥勒もクラスであまり周りとコミュニケーションを取っていない麗奈が自分の存在に気付いていたことに驚く。


「あのねぇ、さすがに隣の席のクラスメイトくらい覚えてるわよ。夜島くんはワタシのことを何だと思ってるのよ」


 弥勒のリアクションに少し拗ねたような表情で麗奈は答える。彼女も自分自身がクラスメイトとあまり打ち解けていないのを自覚しているのだろう。


「それよりも話を戻しましょう。夜島くんを襲っていたてん、化物はどこに行ったのかしら?」 


 天使と言いかけてから化物に言い直す。一般人である弥勒に天使について話せないと思ったのだろう。アオイはそれを知ってか知らずか追撃をかける。


「そうだよ! どうやって逃げ切ったの⁉」


「逃げ切ったというか……。なんか急にどっか行ったんだよ」


 わざとらしく首を傾げる弥勒。こういった時は大げさな方なリアクションを取った方が誤魔化しやすいのだ。


「もしかしたら……」


 弥勒の言葉に考え込む麗奈。恐らくセイバーの存在を考えているのだろう。彼女はカンガルー型の天使としか遭遇していない。そしてこの場で鳥型の天使が暴れていない以上、答えは一つしかない。


「どうしたの姫乃木さん?」


 何やら思案している様子の麗奈に声を掛けるアオイ。


「ううん、何でもないわ。とりあえず化物は逃げたみたいね。いつまでもここに居てもしょうがないしワタシたちも今日はもう帰りましょう」


 すっかり日も落ちて時刻はもう19時前。普通の高校生ならそろそろ帰宅する時間帯だ。そう言われてから二人は周りを見渡して、ようやく夜になっていることに気が付いた。


「もうこんな時間か……。確かに今日はもう解散した方が良さげだな」


「そうだね。あ、その前に弥勒くんのスマホ貸して?」


「え、いいけど。自分のは?」


 アオイからの唐突な提案に目を白黒させる。近くにいる麗華も首を傾げている。とりあえず先ほどポケットに仕舞ったスマホを再び取り出す弥勒。


「あたしのじゃ意味ないよ~。弥勒くんのスマホにGPSのアプリを入れておこうと思って」


「「は?」」


 アオイの思わぬ発言に二人は固まる。固まった二人を見てアオイも固まる。


「え……だってもしまた弥勒くんが化物に襲われたら大変でしょ? だからいつでも助けに行けるように居場所を把握しとかなきゃ」


 取り出していたスマホを再びポケットへと戻す弥勒。それどころかポケットに入れてからさらにアイテムボックスに収納する。これでアオイにはスマホは絶対に取り出せない。


「い、いやさすがにそれは心配しすぎじゃないか……?」


 もしGPSアプリなんか導入されたら自由に動けなくなってしまう。そう思った弥勒は引きつった顔をしながらやんわりと彼女からの提案を断る。


「で、でも……」


 弥勒からの拒絶に戸惑うアオイ。その瞳は左右に揺れている。それを見かねた麗奈がアオイを引っ張る。


「ちょっと巴さん、こっち来て」


 アオイの手を掴んで弥勒から少し離れたところに連れていく。そこで二人は小声で話し合う。


「(ワタシたちが魔法少女なのは秘密なのよ⁉ 助けに行くとか言ったらバレちゃうでしょ!)」


「(でもでも心配なんだもん!)」


 ごねているアオイに少し呆れつつも麗奈は必殺の台詞を言う。


「(あの姿を彼に見られてもいいの?)」


「(っ……!)」


 麗奈の言葉に固まるアオイ。彼に正体がバレるという事は変身時の口上も、変身後の魔法少女姿も巴アオイだと認識した上で見られるという事だ。そのことを想像して顔を青くするアオイ。


「(絶対ダメ!)」


 あんな恥ずかしい姿を見られたら死んでしまう。そう思ったアオイは反射的にそう口にする。先ほどは魔法少女になってまで弥勒を助けに行こうとしていたが、あれは状況が状況だったからだ。事態が落ち着いた今となっては正体がバレないにこしたことはない。


 二人がそんな話し合いをしている間、弥勒もまた考え事をしていた。それはもちろん一緒にこの場に現れたアオイと麗奈についてだ。


「(二人が一緒にいるということはアオイは魔法少女になったのか……)」


 弥勒の知っている原作では部活帰りに猿の天使に襲われたところをメリーガーネットに助けられてそのまま魔法少女になるという流れだった。詳しい日付までは覚えていなかったが、確かにこのくらいのタイミングだったような気がする。


「(大きな事件が起きる日付は変わらずに、内容が変わっているのか?)」


 たとえそれが分かったところで弥勒としてはあまり意味のないことなのだが。原作でイベントが起きた日付を弥勒はほとんど覚えていない。ノベルゲーでは一日のスタートに日付が表示されるのが定番だが、それをいちいち覚えているゲーマーがどれほどいるだろうか。余程のお気に入り作品でもないとそうはいかないだろう。


「弥勒くん、さっきはごめんね! ちょっと混乱してて変なこと言っちゃった」


 いつの間にか戻ってきていたアオイが弥勒に声を掛けてくる。少し気まずそうにしている。麗奈の説得のおかげでGPSアプリを入れるのを諦めてくれたのだろう。


「いや大丈夫。それよりも本当にもう帰ろうぜ」


「そうだね!」


「そうね」


 弥勒の発言に二人が同意する。そのまま三人で駅の方まで歩いていく。無言でいるのは気まずいため適当な雑談をしていく。


「そういえあなたたちって付き合ってるのかしら?」


「そ、そんなことないよ! ま、まだ全然そんなんじゃないから!」


 ずっと気になっていた質問をぶつける麗奈。それにアオイは過剰に反応する。弥勒はつい数時間前にも聞いた台詞に思わずため息を吐く。


「なんだ、あんなに激しく抱き合うくらいだからてっきり付き合ってるのかと思ったわ」


「だ、抱きっ……⁉」


 弥勒と再会した際に抱き着いたことを思い出して顔が真っ赤になるアオイ。身振り手振りも交えて一人でわちゃわちゃしている。


「姫乃木さん、あんまりアオイをからかわないでやってよ」


「あら、バレたかしら。巴さんのリアクションがあまりに面白かったからついね」


 クスリと笑っていたずらを白状する麗奈。弥勒はそれに苦笑いをする。弥勒とて自分が話題の対象になっていなければわざわざ止めたりはしないのだが。


「ちょっと姫乃木さん、あたしをからかってたの⁉」


 そう言ってアオイがむくれる。二人はそれを見て笑う。



 弥勒にとって忙しかった一日は最後まで騒がしく過ぎていくのであった。

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