第16話 弥勒 vs 鷹の天使


「カラーシフト」


 それは自らの能力を切り替えるためのキーワード。その台詞に伴って右手に収まっている宝玉が力強く光り輝く。閃光は弥勒を包み、新たなる力を引き出す。


新緑の狙撃手グリーンスナイプ


 左手に握っているのは厳ついリボルバー。装弾数が6発の濃い緑色の銃だ。外套は薄緑に、鎧は新緑色がベースになっている。仮面のデザインは変わっていないが左目部分に宝玉が付いている。今まで右手の甲に付いていたものだ。


 弥勒は魔力を銃に込める。するとシリンダーが輝き、弾倉に光が溜まる。一発分がチャージされた直後に鷹の天使に銃を向ける。


「まずは一発」


 その声と共に銃身から魔力の弾丸が放たれる。天使はそれに対応して光の羽を飛ばすものの、威力は弾丸の方が上だ。羽を蹴散らし天使の翼に直撃する。


「Piiiiii⁉」


 撃ち負けた天使は驚愕の声を上げる。翼へのダメージは無視するには大きいものだが、飛行不可能なほどではない。


 弥勒はそのまま木の陰へと移動する。正面から撃ち合っても弥勒の弾丸が光の羽に負けることはないだろう。しかし光の羽は枚数が多いので、すべてを打ち落とすことは出来ない。「新緑の狙撃手」は「灰色の騎士」と違いシールドが展開できないため敵の正面に立つのは得策ではない。


 もともと「新緑の狙撃手グリーンスナイプ」は敵と正面から戦うための装備ではない。その名の通り、死角や遠距離から攻撃するための能力なのだ。


 左目の宝玉に魔力を込めると木々が透過され敵までの正確な距離が分かる。天使は木々の間を抜けるようにこちらに向かってきている。弥勒も追いつかれないように動き続ける。


「見えた」


 宝玉により視力関係の力が強化されている弥勒は天使が木々の隙間から現れる瞬間を見逃さない。放たれた弾丸が天使に傷をつける。


 弥勒は当たったかどうかの確認をせずに動き続ける。そしてタイミングを見計らって弾丸を放つ。天使は一方的に傷つけられる。


「Piiiiii‼」


 怒った天使は翼を大きく動かし風の渦を作り上げる。それがある程度、大きくなると制御を放棄する。コントロールを失った風の渦は破裂して周りの木々を吹き飛ばす。


 天使はそれに巻き込まれない様に上空へ避難している。弥勒も巻き込まれないように後方へと下がる。風切り音と木々が地面に倒れる音が響く。土煙が舞い、多くの葉が散っている。


「こんな攻撃、ゲームには無かったぞ」


 今。鷹の天使が起こした攻撃は自爆に近い。自らの力で制御できないほどの攻撃を作り上げ、それを暴発させる。一歩、間違えば自身も大きなダメージを負う危険性もある技だ。


 しかしゲーム上で天使たちは自爆や暴走といった技を使ってはいなかった。多くの天使は一つか二つの技と物理攻撃が主体だった。


「これがゲームと現実の違いか」


 天使は一方的にダメージを与えられることを嫌がって、木々を吹き飛ばすことで自身の不利な状況を覆そうとしたのだろう。視界が開けてさえいれば天使も弥勒の攻撃を避けやすくなる。


 弥勒としても本来相手をなぶる様な戦い方は好きではない。しかし相手が空を飛んでいる以上、選択肢は限られてくる。灰色の騎士の武器はロングソードとシールドだ。カウンターを狙うにしても光の羽だと複数攻撃のため跳ね返せない。他の姿も似たようなものだ。最も効率が良いのがこの新緑の狙撃手なのだ。


 障害物を吹き飛ばして場所が開けたため天使がこちらに突っ込んでくる。弥勒としては更に奥に逃げるという選択肢もあるがそれは選ばない。これ以上、公園を破壊されても困るからだ。


 すでに大通りや神社などでも天使による被害が出ている。弥勒が知らない所を含めたらもう少し増えるだろう。そのためむやみに被害を拡大させる訳にはいかない。


 突撃してきた天使に向けて照準を合わせるものの、反動により避けるタイミングを失う可能性もあるので素直にかわす。攻撃を避けられた天使はすぐさま反転する。


 そのまま翼を羽ばたかせ、光の渦を放ってくる。先ほどの暴走技とは違い、きちんと制御されている技だ。至近距離から飛ばされた光の渦は弥勒へと勢いよく向かってくる。


「っ!」


 弥勒は弾倉にチャージされている魔力を二発分使って弾丸を放つ。光の渦をかき消してそのまま天使へと直撃する。天使は悲鳴を上げる。弥勒はその隙に相手へと近づく。


「これで終わりだ」


 今放った攻撃よりもさらに大きい三発分の魔力を使って弾丸を放つ。それは弱った鷹の天使を消滅させるには十分な威力だった。派手な音を立てて相手を呑み込む。もちろん後には何も残らない。


「ふぅ……」


 弥勒は天使が消えたのを確認して脱力する。そして変身を解除する。左目の宝玉が光り、元の制服姿に戻る。アイテムボックスに収納していた学生鞄と買ったばかりのランニングシューズを取り出す。


「靴は無事か」


 ランニングシューズは守り抜いたものの鞄と制服には穴が空いてしまっている。幸い鞄には飲み物などの液体は入っていなかったため中身がびしょ濡れにはならずに済んだ。教科書なども無事そうだった。


「あとはアオイを探さないと」


 問題はアオイとどう合流するかということだ。天使を倒しましたと言う訳にはいかない。無難なのは逃げ切れたと言うことだが、そう簡単に納得してくれないだろう。


 天使の襲撃はテレビや新聞では取り上げられていない。ガス漏れや突風被害といった形に歪んで報道されている。これは闇の妖精であるヒコの力だ。ただしこの隠蔽ができるのは最初のうちだけだ。何度も同じような事件が起きると人々の関心がこちらに向きすぎて誤魔化せなくなってくるのだ。


 人間は未知のものを恐れる。だから「天使が建物を破壊した」というよりも「ガス漏れ事故が起きた」の方を信じたくなる。ヒコの力はその想いを後押しするという簡単な誘導能力だ。事故現場から人々を遠ざけられるのもこの能力のおかげだ。


 だからこそ事件に関心が向けられすぎると誤魔化せなくなってしまう。現に最初から興味がある人たちが集うネットの世界では「怪物」や「天使」といったワードがすでに出てきている。


 さらにSNS系のアプリではメリーガーネットや弥勒らしき写真がアップされている。ただし全てピンボケしており何となく派手な格好をした人がいるな程度のものしか出回ってないが。


 これには理由がある。『異世界ソロ☆セイバー』も『やみやみマジカル★ガールズ』もヒーロー作品のためヒーローたちの正体がバレないように能力にジャミング機能のようなものがついているのだ。つまりどんな写真を撮ってもピンボケしてしまう。


「とりあえず天使が急にどっか行ったってことにするか」


 もし何かツッコまれたらSNSのアプリを見せて魔法少女の存在をほのめかすようにすれば誤魔化せるだろう。弥勒はそう考えてスマホを取り出す。


『無事か?』


 とりあえずその一言だけ入力してチャットアプリでメッセージを送る。余計なことを書かない方が後で誤魔化しやすい。それにこのメッセージを送った時点で弥勒自身の無事も伝えられる。仮に大怪我している状況だったらこんなメッセージは送らないだろう。


「これをアオイが読んでくれるといいんだが」


 スマホを気にしつつ公園から出るために歩いていく。戦いがあった場所に居続けると正体がバレるリスクも高まるからだ。


 しばらく歩いて公園を出る。大きい公園のため出ようとすると思ったよりも歩くことになる。だからこそ天使との戦いも邪魔が入らずに行うことができたのだが。


「あ、既読付いた」


 そのままアオイを探すようにしながら駅へと向かっていく。既読が付いてからすぐにアオイからメッセージが送られてる。


『大丈夫だったの⁉』


 普段のメッセージよりも文章が短いのはそれだけ彼女も慌てているということだろう。弥勒もすぐさま返信する。


『鞄と服は穴空いたけどそれだけ』


『どこにいるの⁉』


 その質問に弥勒は現在地を答える。するとまたすぐに返信がやってくる。


『すぐにそっち行くから待ってて!』


 弥勒はそのメッセージに「了解」と短く返信をして大きく深呼吸する。とりあえずアオイも無事ということが分かり一安心したのであった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る