第15話 襲撃


 公園の中を歩きながらクレープを食べる二人。まだ春先のため日が傾いてきて涼しくなり始める。静かな風が吹いて二人の髪を揺らす。


「でね、よっちゃんは結局二段ともお米のお弁当を食べたんだよ」


「二段ともおかずか、二段ともお米か。究極の選択だな」


 アオイはクラスメイトに起きた珍事件を楽しそうに話す。もうクラスには馴染めているようでその声は明るい。公園内をブラブラしながらもどこか座れる場所はないかと探す弥勒。しかし近くにベンチは無さそうだった。


「あたしだったらお米かなぁ。白米好きだし」


「俺はおかずかな」


「なんだ、もしお米の方だったら今度作ってきてあげたのに~」


「二段とも白米の弁当なんかいらんわ!」


 白米二段とはいえ美少女からの手作り弁当のチャンスを逃した弥勒。学園にいる男子たちだったら白米だけでも迷わずに作って来てもらうことを選んでいただろう。


「普段の弁当は自分で作ってんの?」


「ううん、ママが栄養バランスを考えて作ってくれてるんだ。あたしが作ったら毎日から揚げとかお肉ばっかりになっちゃうし」


「分かるわ。茶色い弁当って最高だよな」


 クレープを食べているからかついつい食べ物の話が中心となってしまう。ちなみにラーメンを食べたばかりだというのに弥勒はもう晩御飯のことを考えている。


「サラダだけで生きてる女子なんて男の子の幻想なのだよ」


 弥勒に現実の厳しさを伝えてあげるアオイ。育ち盛りの子は男も女も関係なくみんな食欲旺盛なのだ。それにちょっぴりショックを受ける弥勒だった。


「そうだったのか……。でもやっぱり一緒にいるならたくさん食べてくれる方がこっちとしても嬉しいけどな」


「そうなの? 女の子は小食の方が男の子としては可愛いんじゃないの」


「どっちかというと一緒に色々食べてワイワイしたいというのが男子の結論です」


「そ、そうなんだ……」


 今度は弥勒がアオイに男子の真実を教えてあげる。男からしたら一緒にご飯を食べに行った時に小食の女性よりかは美味しそうに食べてくれる女性の方が好ましいのだ。


 そんな話をしばらくしていると二人ともクレープも食べ終わる。


「あ~、クレープ美味しかった! ご馳走様でした!」


「ご馳走様でした」

 

 クレープを包んでいた紙を丸めてポケットに入れる弥勒。捨て忘れると洗濯時に母親から怒られるやつだが、ゴミ箱もないのでとりあえずそこに仕舞う。ポイ捨てなどはもちろんしない。アオイも紙を丁寧に折りたたんで鞄へと仕舞っている。


「そろそろ帰るか」


「うん、そうだね。今日は楽しかった!」


「俺も楽しかった。新しいシューズも買ったしな」


 そのまま公園の出口に向かおうとした時だった。弥勒の耳に風切り音が聞こえてきた。それは弥勒たちの方にすごい速度で近づいてくる。


「っ! アオイッ!」


「きゃっ⁉」


 弥勒はとっさにアオイを押し倒す。倒れる瞬間に身体の位置を入れ替えて自分が下になるようにする。アオイは突然のことに目を見開いて身体が固まっている。


 弥勒たちのいたところに大きな鳥のような生物がものすごい速さで通り過ぎる。それは大空へ昇っていき、旋回してから再びこちらへと向かってくる。


「な、なに⁉ どうしたの!」


「アオイ、立って!」


 弥勒は混乱しているアオイを無理やり立たせる。


「(……鳥型の天使か。まずはアオイの避難が最優先だ)」


 弥勒たちの前に現れたのは鷹の姿をした天使だった。弥勒を狙ってきたのか、魔法少女になる可能性のあるアオイを狙ってきたのかは不明だが厄介なことには変わりない。


 アオイの腰を抱きながら再びやってくる鳥型の天使を避ける。その際に倒れ込んだ時に掴んでおいた砂を掛ける。鳥型の天使は目に砂が入ったのか身体を揺らしながら、先ほどよりも遠くへと飛んでいく。


「なにあの鳥……。ドローン……?」


 ようやく天使の姿を見つけたアオイは怖がっている。初めて天使を見たのだ、当然の反応だろう。そして縋るように弥勒の腕をギュッと強くつかむ。


「わからん。ただ仲良くしてくれそうにはないな」


 正直にあれは天使ですなどと言う訳にもいかず誤魔化す弥勒。ついでにアオイを安心させるように軽いジョークを挟む。しかしさすがのアオイも今の状況では弥勒の発言にツッコむ余裕は無さそうだ。


「なら早く逃げなきゃ!」


「そうだな。だから俺があいつを引き付ける。その隙にアオイは逃げろ」


「み、弥勒くんはどうするの⁉」


 弥勒からの提案にアオイは泣きそうな顔になる。


「大丈夫、逃げ足には自信がある」


「でも弥勒くんを置いて逃げるなんて出来ないよ……」


「俺を信じてくれ」


 自身の能力や経験について語れない以上、説得力のない言葉となってしまう。せめて気持ちだけでも伝えようと弥勒はアオイをじっと見つめる。彼女は顔を歪ませたあと小さく頷いた。


「あたしが助けを呼んでくるから絶対に無事でいるって約束して……」


「ああ、約束する」


 うつむいていた顔を上げたアオイ。彼女は覚悟を決めた表情をしていた。その想いを汲んだ弥勒は優しい笑顔で返事をする。


 一方で鳥型の天使は空中で旋回したものの、砂を掛けられたことを警戒したのかその場に留まっている。そのまま大きく翼を広げた。翼が大きく光り、そこから無数の羽が飛び出してきた。


「っ!」


 アオイを護るように一歩前に出て通学鞄を押し付けるようにして羽を防ぐ。幸いなことに一枚一枚は大した威力ではない。しかし鞄もそれほど大きくないためすり抜けた何枚かが弥勒の服を傷つける。


「今だ、逃げろ!」


「っ!」


 弥勒からの声にアオイは全力で走り出す。そこに躊躇いはない。何故なら彼女は助けを呼びに行かなければならないからだ。そう自分に言い聞かせて振り返りそうになるのを堪えながら彼女は走った。


 逃げ出したアオイを鷹の天使が追おうとする。それを鞄から取り出しておいたペンを投げて牽制する。前回の天使との戦闘で身体能力が僅かとはいえ上がっていることもあり、それなりの様になっている。


「Piii!」


 邪魔をされた鷹が怒りの声を上げる。しかしそれは弥勒の作戦通りだ。今一番大切なのはアオイをこの場から逃がすことだ。天使からのヘイトは稼げるに越したことは無い。


 弥勒は天使へと向かっていく。その手にはナイフを握っている。これはアイテムボックスから取り出したものだ。最悪、これなら見られても言い訳が聞く。天使はナイフでの攻撃をひらりと避けて上空へと逃れる。


「(上空からアオイを追われたらマズいな)」


 アオイの走っていった先に視線を向ける。少なくとも視界内に彼女はいない。それを確認してから弥勒は変身する。


「セイバーチェンジ」


 全身を光が包み、一瞬で灰色の姿をした騎士へと変身する。それと同時に駆け出す。天使は弥勒を脅威と認定したようで光の羽を再び飛ばしてくる。足に魔力を回し加速する。飛来する羽のほとんどを回避する。何枚か鎧にぶつかったもののダメージはない。


 アオイが走っていた方向とは逆方向に進む。彼女は助けを呼んで戻ってくるつもりのようだったが、この姿を見られるのはまずいため場所を変えることにしたのだ。人のいなさそうな茂みの方へと向かっていく。


「よっ、とっ!」


 飛んでくる羽をアクロバットにかわしていく。それは鷹の天使を挑発するためだ。天使もそれに乗っかってきて羽攻撃を連続で放ってくる。弥勒は飛び跳ねて近くの木の枝に乗る。そこからさらに飛び、空中にいた天使に接近する。


「ふっ!」


 ロングソードを振るって翼に傷を付けるものの天使も回避行動をしていたためかすり傷程度だ。足場が近くにないため弥勒はそのまま地面へと着地する。


「お前は俺の敵だ」


 弥勒は天使をにらみつける。そこには明確な怒りがあった。アオイとの買い物は楽しかった。いずれ彼女が魔法少女になるとしても今の彼女はただの女の子なのだ。


 だからこそ許してはならない。弥勒は今初めて天使という存在を敵として認識した。流されて戦うのではなく、自らの意思でもって力を振るう。


「カラーシフト!」


 弥勒がそう呟いた瞬間、右手の宝玉が力強く光り輝いた。


 


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