第14話 ランニングシューズとクレープ
みーこという謎のギャルとの遭遇により思考がフリーズしていた弥勒はしばらくして我に返った。
「そういえばアオイと約束した時間までもう少しだ」
今日の出会いは無かったことにして待ち合わせの改札近くへ向かう弥勒。ラーメン屋は駅からそれほど離れていなかったため数分で着く。
「あ! 遅いよ、弥勒くん!」
先に駅前に着いていたアオイが弥勒の姿を見つけてこちらへやって来る。遅いと言いながらも、その表情は柔らかい。怒っているわけではないのだろう。
「すまんすまん」
「……ん?」
弥勒の近くで立ち止まったアオイ。彼女は首を傾げてから何故か弥勒の全身を見る。そしてもう一歩近づいてスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
「な、なにしてんだよ……?」
「弥勒くん、さっきまで女の子と一緒にいた?」
その問いにドキッとする弥勒。思わず表情に出てしまう。戦いで百戦錬磨の弥勒でもこういった状況には弱いのだ。異世界ではソロプレイだったため異性関連の経験値は他の学生たちと変わらない。
「あ〜、ナンパから助けて道案内した感じ?」
一緒にラーメンを食べた事はとりあえず隠す弥勒。何故か冷や汗が止まらない。まるで浮気がバレた旦那のような状態になってしまっている。
「うーん、そのくらいだったらこんなに匂いが付かないと思うんだけどなぁ。まっ、いっか」
よくわからないが納得した様子のアオイ。それに露骨にホッとする弥勒。
「普通は女の子と遊ぶ前に、別の女の子と遊ぶなんてマナー違反なんだからね!」
「は、はい……」
「それじゃ行こう!」
アオイはすっかり通常運転に戻ったようでご機嫌に歩き出す。弥勒もそれに付いていく。部活上がりにシャワーでも浴びてきたのかアオイが歩くたびにふわりと甘い匂いが広がる。先ほどの話の流れからついつい匂いを意識してしまう弥勒。
「今日はね、新しいシューズを見たいんだ」
「いつもの白いのは結構使いこんでる感じだったもんな」
毎朝、公園でランニングしている時にアオイが履いている白いシューズ。丁寧に使ってはいるのだろうが大分汚れが目立ってきている。それだけ走り込んでいるということだろう。
「うんうん、それで高校にも入学したし、新しいのを買おうかなって」
弥勒はそれに相槌を打ちながら二人でスポーツ用品店へと向かう。駅周辺にスポーツ用品店は何店舗かあるがアオイの足取りは迷う様子は無い。
そのまま目的の店について中へと入る。中にはスポーツウェアやテニスラケット、バスケットボールなど様々なものが並んでいる。アオイと弥勒は壁際にディスプレイされているシューズコーナーへと進む。
「わぁ色々あるね!」
「お気に入りのメーカーとかあるのか?」
「う~ん、オールドバランスかな」
オールドバランスは海外のブランドだが日本人向けのシューズを作っており、国内での人気は非常に高い。
「これ可愛い! シューレースが水色!」
アオイはその中からレディース用の一足を手に取る。全体的に白いシューズだが紐の部分が水色になっている。シンプルなデザインの分、そのワンポイントが際立っている。
「それなら今のウェアにも似合いそうだな」
「うん! 弥勒くんは新しいの買わないの? いつも履いてるのって普通のスニーカーだよね」
そう言われて自分のランニング時の格好を思い出す弥勒。毎回、結構な距離を走っているのに未だにジャージと普通のスニーカーだ。セイバーとしての力があるおかげなのか身体に影響は出てないが、本来ならきちんとしたランニングシューズを買うべきだろう。
弥勒は鞄の中から財布を取り出し中身を確認する。本日すでにラーメンという無駄遣いをしているが、中にはまだ1万円以上入っている。
「なら俺も買おうかな」
「だったらあたしが選んであげる!」
アオイは弥勒の返事に嬉しそうにメンズ用コーナーの物色を始める。あーでもない、こーでもないと言いながら探していく。そしてある一足を手に取った。
「これなんて似合いそう!」
アオイが手に取ったのは黒いランニングシューズだった。ソールの部分が水色となっており、シューレースは本体と同じ黒色だ。
「かっこいいな」
「でしょでしょ。あたしのセンスが光るよね~」
そんなやり取りをしながら店員を呼んでお互いに試着をする。履き心地も特に問題は無く、そのまま会計をしてお店を後にする。
「明日が楽しみ~!」
アオイは紙袋を抱きしめながらニコニコとしている。このままだとスキップしそうな勢いだ。弥勒はそれを優しく見守っている。
「次はどこ行こうかな~」
「買い物が終わったから、終わりじゃないの」と思った弥勒だったが、口には出さない。女性への対応について今日一日で急成長した弥勒。女性には余計なことを言わないようにするのが正解なのだ。
「そうだ、クレープ食べたい! 公園の方にキッチンカーが出てた気がする」
「クレープか。もう何年も食ってないな」
クレープと聞いて思わずそう答えた弥勒。もちろんこれは異世界時代を含めての話なので、地球時間では精々数か月といったところだろう。
「ええ⁉ 弥勒くんって甘いもの苦手なの?」
「いやそんなことは無いけど。クレープってあんま男だけだと買わないんだよなぁ」
弥勒は中学時代を思い出しながらそう答える。男同士で放課後に買い食いをする時はコンビニでホットスナックを買うパターンが多かったためクレープ屋には縁が無かった。
「確かに男子ってそんな感じだよね」
周りの男子の様子を思い出して笑うアオイ。そのままアオイからオススメのクレープやおかずになるクレープなどの説明を受けながら公園へ向かう。
駅から少し離れたところにある公園は、学校と駅とで正三角形になるような配置の場所にある。ちなみに神社とはまた方向が違う。
この公園は普段から大町田高校の運動部がランニングなどでも使っている大き目な公園だ。弥勒たちはそのなかで中央広場にあるというキッチンカーを目指いていく。公園は思ったよりも静かで人もまばらだ。ちょうど帰宅時間とかぶっているためだろう。
「あった!」
アオイはお目当てのクレープのキッチンカーを見つけて嬉しそうに指さす。黄色い可愛らしいキッチンカーがそこにはあった。脇に置いてある看板にはいくつものクレープの写真が載っている。人はそれほど並んでいない。
二人は看板に載っている写真を見る。オススメには「抹茶とあんこのクレープ」、期間限定には「びわのクレープ」となっている。一番人気は「チョコバナナいちごクレープ」で他にもおかず系のクレープもある。
「どれも美味しそうで迷ちゃうよ~。弥勒くんはどれにするか決めた?」
「俺はびわのクレープかな」
「なんか意外! もっと無難なの選ぶかと思った」
「期間限定って響きに弱い」
「あはは、分かる! あたしもついついコンビニで期間限定スイーツとか買っちゃうもん」
弥勒の話に共感するアオイ。むしろ期間限定というフレーズには女子の方が敏感だろう。男性よりも女性の方が流行り廃りのサイクルが早いイメージもある。
「同志だな。それでアオイはどれにするか決めたか?」
「あたしは抹茶とあんこのクレープ!」
味を決めた二人はさっそくクレープを注文する。店主をしていたのは30代ほどの女性で笑顔で対応してくれる。注文してから数分でクレープが出来上がる。
「はい、どうぞ。素敵なカップルさん」
女店主の一言にアオイが赤面してあたふたとする。
「ち、違います! あたしたちまだ全然、そんな関係じゃなくて、た、ただの友達です!」
「あらそうだったの。ごめんなさいね、勘違いして。なんだかとってもお似合いに見えたから」
「お、お似合い……」
アオイは目をぐるぐるにして混乱している。弥勒は巻き込まれないように静かにしている。そんな弥勒に女店主はウインクしてくる。彼女としては二人のサポートをしたつもりだったのだろう。
とりあえずその場を離れる。手渡されたクレープは出来立てのため温かい。生地の香りとびわの熟した甘い匂いが弥勒の鼻孔をくすぐる。アオイも少し落ち着てきたようでクレープの香りを楽しんでいる。
「く、クレープ美味しそうだね! 早く食べようよ!」
「そうだな。いただきます」
「いただきまーす!」
アオイが先ほどの会話を避けるようにしているため、それに乗っかる弥勒。二人は挨拶をしてからクレープを食べ始める。
「おいしい! 抹茶クリームとあんこのバランスが最高だよ!」
「俺のもうまいぞ。びわの甘さがクリームに負けてないし」
お互いに味の評価をしながら食べ進めていく。アオイもすっかり通常運転に戻っている。夕暮れの中、クレープを食べている姿は弥勒の求めている日常そのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます