第11話 叛逆の獅子
弥勒が舐めプしている間に共喰いして巨大化した犬型の天使。大きさは4mほどだろうか。牙が伸び、爪は鋭くなり羽や光輪も力強くなっている。地面を踏みしめているだけで大地に深い爪痕が残る。
「巨大化したの……?」
メリーガーネットはその姿に恐怖を覚えているのか僅かに後ずさりをする。それも仕方のないことだろう。今まで見てきた天使たちとは明らかに格が違う。
「ありゃあ、家では飼えないサイズだな」
カマキリ型の天使との戦闘から離脱してメリーガーネットのそばに近寄ってきた弥勒。のんきなことを言っているが、敵から目を離さないようにしている。
「あんな物騒な犬いらないわよ!」
弥勒の軽口に調子が戻ったのかツッコミをするメリーガーネット。しかし彼女の表情は厳しいままだ。
「(あれじゃあガーネットローズで足止めできないっ……)」
メリーガーネットのスタンダードな戦法はある程度攻撃して弱らせてから相手をガーネットローズで拘束。そこに必殺技であるメランコリーロザリオを叩き込むというスタイルだ。しかしあの巨大な犬を蔓程度で拘束できるとは思えない。つまり彼女の戦法は封じられたという訳だ。
「(もし可能性があるとしたら……)」
彼女は隣にいる弥勒をちらりと見る。自分とは未知の力を使って戦う戦士。ヒコは天使と同類の力だと言っていたが、敵でないのは明らかだ。今の自分では倒せない以上、彼に頼るしかこの場を切り抜ける方法はないと考える。
「巨大なチワワとかだったら面白いのにな」
何やら訳わからないことを言っているが焦ったような顔はしていない。彼にとってあの敵は脅威ではないということだろう。その姿にメリーガーネットは安心する。
オオイヌが前足に体重を掛ける。爪がさらに地面に喰い込む。それを見た弥勒も足に魔力を回す。
動き出すのはほぼ同時だった。しかしスピードはオオイヌの方が速い。お互いに接近しオオイヌは前足の爪をこちらに振るってくる。弥勒はそれを剣で受け流す。すぐさまこちらに噛み付こうと牙を向けてくるオオイヌに、あえて口元に右手を持って行った弥勒。そのまま口の中でシールドを展開して噛み千切ろうとしてきたオオイヌを牽制する。
「……っ」
メリーガーネットはその姿を息をのんで見ているだけだった。オオイヌの動き出しすら気づいていなかった。もし彼女一人だけだったらその時点で敗北していただろう。
「お前はカマキリ型を足止めしろ!」
弥勒は茫然としている彼女に指示を出す。あえて強めに言うことで彼女を正気に戻す。メリーガーネットはその声に慌てて動き始める。弥勒がカマキリ型の天使を倒せと言わなかったのは相性の問題があるからだ。彼女の必殺技の火力は魔法少女随一だ。その分、通常技は必殺技をサポートするような火力が低めの技が多くなっている。
本来ならその弱点を他の魔法少女が補うことで、うまく戦えるのだがその仲間は今ここにはいない。原作ではこの時点で苦戦するような敵が出てきていなかったから問題なかったのだが。
「ガーネットシード!」
カマキリ型に赤い種子の弾丸を放つが、鎌で容易に防がれる。仮に蔓を出したところで斬られて終わりだろう。とはいえカマキリ型も防ぐのに精一杯でこちらに反撃している余裕は無さそうなので弥勒からの指示通りになっているともいえる。
弥勒は彼女が動き出したのを確認しながら、剣をオオイヌの喉元に突き刺そうとする。しかし首を横にずらしてオオイヌはそれを回避する。弥勒はそのまま剣を横に振りオオイヌに叩きつける。首元に切れ筋が入る。
「Guuu‼」
オオイヌは一度こちらから距離を取り、口を大きく開ける。そこから炎の玉が飛び出してくる。天使という存在は基本的に光属性である。そのため攻撃の基本は光を使ったものになる。しかし強力な個体になってくると光の属性を帯びた他属性の攻撃を放ってくるようになるのだ。
十発ほどの炎の弾丸が弥勒へと殺到する。それを魔力を込めた剣で迎撃する。攻撃をかわさないのはメリーガーネットに被弾するのを防ぐためだ。剣圧と魔力強化により火炎弾を高速で掻き消す。それは常人の域を遥かに超えた技量だからこそ成せるものでもある。
火炎弾も効かないと分かったオオイヌはターゲットを弥勒からメリーガーネットへと移そうとする。しかしそれを弥勒は許さない。オオイヌが離した距離を詰める。オオイヌは逃げる。
お互いに木々をかわしながら境内で追いかけっこをする形になるオオイヌと弥勒。速度はオオイヌの方が上だが、弥勒の方が走り方は上手い。互いに爪と剣を交えながら進んでいく。
オオイヌが時折放ってくる火炎弾をかわしながら、弥勒はあるものを手に出現させる。再びオオイヌと接近した瞬間にそれをポイと投げる。地面に落ちたそれは煙を出して辺りを一気に包む。
「Guuuu⁉」
煙幕に思わず怯むオオイヌ。警戒してその場から動かなくなる。弥勒はオオイヌを放置してそのままメリーガーネットのそばに近寄る。ついでにカマキリ型の脇腹を蹴っ飛ばす。蹴った反動を利用してメリーガーネットの横に着地する。
「大丈夫か?」
「ええ……でも決め手に欠けるわ」
弥勒からの確認に苦い表情をするメリーガーネット。実際に彼女はカマキリ型に有効打を与えられていない。自らの力の無さに悔しくなるメリーガーネット。それに弥勒は気づいているが触れようとはしない。
「いやそろそろ終わるさ」
弥勒にはまだ余裕があった。はっきり言えば力を温存しているのだ。その理由の一つは身体能力が以前より低下していること。もう一つは不用意に手の内を晒さないためだ。原作と違う状況になっている以上、これから先何が起きるか分からない。最悪のパターンとして魔法少女との敵対という可能性もある。
だがいつまでも温存している訳にはいかない。力は必要な時に使うべきだ。弥勒にはいくつかの選択肢がある。その中のどれを切ろうかと考える。
煙幕で動きを止めていたオオイヌがカマキリ型の近くにやってくる。これでシンプルな二対二の構図となる。オオイヌとカマキリは互いに力を溜めている。弥勒もそれに合わせて魔力を宝玉に込める。
「メリーガーネットは自分の防御に専念してくれ」
「で、でもそれじゃあ……」
弥勒からの指示に戸惑うメリーガーネット。それは二人の視点の違いから生まれるものだ。メリーガーネットから見れば二体の敵は強力な攻撃を放とうとしている。それに対抗するにはこちら側も揃って大技を出すしかないと考えているのだ。
その一方で弥勒の見方は違っていた。敵が放とうとしているのはバラバラの攻撃でない。合体技だ。これに対抗するには本来こちらも合体技を放つしかない。しかし弥勒はともかくメリーガーネットは戦闘経験が少ない。そのため合体技を放つのは難しい。ましてや弥勒の光の力と魔法少女の闇の力が嚙み合うかも謎だ。ぶっつけ本番をして失敗しましたでは済まされない。
けれどそれは光明でもあった。相手が放ってくる技が分かっていれば、弥勒も迷わず選択肢を切ることができる。弥勒が切ろうとしている札、それは一つの攻撃にしか使えない技だ。
「大丈夫、俺を信じてくれ」
「……分かったわ! ガーネットペタル」
弥勒は力強くそう発言する。顔こそ見えないものの、その声には確かに優しさと信頼が含まれていた。メリーガーネットはそれを感じ取って彼に従うことを決める。彼女は花弁で自らを包み防御の態勢に入る。
先に完成したのは敵の攻撃の方だった。オオイヌの口元が大きな炎の塊ができる。それにカマキリ型の天使が光の刃を混ぜる。炎の塊は巨大な炎刃へと変わっていく。大きさは8mはあるだろうか。それが二人に向かって勢いよく放たれる。
轟音と共に地面を抉りながら一直線にこちらへ向かってくる。炎から放たれる熱だけで火傷しそうだ。というよりも生身だったから確実に火傷を負っている。しかし弥勒は右手を前に出したまま動かない。メリーガーネットはその姿に焦る。しかし今さらどうにもできない。
巨大な炎刃が直撃する、と思ったその瞬間だった。
「
弥勒はその腕から一瞬だけシールドを展開する。それは「灰色の騎士」の必殺技。大量に込めた魔力を圧縮して瞬間的に展開することでシールドに弾力を持たせるのだ。
炎の刃はシールドにぶつかり激しく火花を散らす。しかしそれだけだった。シールドから放たれた魔力に炎刃が包まれる。そして攻撃は反転する。
巨大な炎刃はさらに大きくなり、二体の敵のもとへと返っていく。弾力を持ったシールドにより相手の攻撃を受け止めてから跳ね返すというカウンター技。それが
返ってきた炎刃に斬り焼かれ消滅する二体の天使。イレギュラーな事態はようやく収束した。原作主人公不在という謎を残して。
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