第12話 主人公
激しい戦いがあったとしても日常は変わらずに続く。神社での戦いがあった翌朝も弥勒は普通にランニングをしていた。もちろんアオイと一緒にだ。
「それじゃあ7時45分に駅前で待ってるね!」
そうさらりと一緒に登校の約束をしてきたアオイは弥勒の返事も待たずにさっさと家へと戻っていった。普段の弥勒ならツッコミを入れるところだが、今日はそれどころではない。
頭の中を占めているのはもちろん昨日の出来事だ。昨日の戦闘を経て弥勒の中には三つの疑問が生まれた。
一つ目は自身の加護について。弥勒の能力は一人であらゆる局面に対応できるという万能さゆえに、パーティーを組むとステータスダウンというデメリットがある。しかし昨日はどうだっただろうか。メリーガーネットと共闘してもステータス低下は起こらなった。思い返せば春休み中の初戦闘でもそうだった。
「(ダンジョン内ではないから。あるいは異世界ではないからってところか)」
異世界では共闘して戦闘する際にパーティーという認識が存在するが、地球にはそういった考え方はない。それも一つなのだろうと結論付ける弥勒。
二つ目に考えるのは自身の体調についてだ。昨日、天使を倒してから身体の調子が良くなっている。それはレベルアップした時の状態と酷似している。というよりもレベルアップそのものだ。
「(加護がそのままだから、レベルアップのシステムもそのままなのか……)」
異世界ではモンスターを倒すと経験値が入り、それが一定値に達するとレベルが上がり能力が上がった。そしてそれはモンスターだけではなく盗賊など人を倒した時も同様だった。
つまり天使を倒したからレベルが上がったというだけではなく、システムがそのままのため何を倒してもレベルを上げることが出来るのだろう。たとえ人を殺してしまったとしてもだ。もちろん弥勒はそれを試すつもりはないが。異世界ではステータスやレベルは教会でしか確認できなかったためこちらでは確認のしようが無い。そのあたりは天使を倒しながら確かめていくしかないだろう。
最後の三つ目はもちろん原作主人公の存在だ。結局、昨日の神社に原作主人公は現れなかった。このことから考えられる可能性はいくつかある。まず単純に原作主人公が神社に行かなったという可能性。次に原作主人公がこの世界に存在しないという可能性。そして弥勒としては最も認めたくないことではあるが、弥勒こそが原作主人公という可能性だ。
「(やっぱり俺が主人公なのか……?)」
弥勒が原作主人公だとしたら今までのいくつかの疑問が解決することとなる。まず教室に主人公らしき姿が見当たらず神社にも来なかったこと。これは弥勒自身が主人公ならば見つからないのも神社に現れないのも当然のことだろう。
またメリーガーネットやアオイとの遭遇も自身が原作主人公ならヒロインたちと縁が出来やすいのも納得いく。そしてイレギュラーな敵の強化。これも主人公が強化状態なら敵も強化されているのは当然のことだろう。
「最悪だ」
そんなことを考えながらも自宅で一度シャワーを浴びて学校へ向かう準備をする弥勒。荷物が思ったよりも多い。今日から授業がスタートするため持っていく教材などが多いのだ。
家を出て駅へと向かう。歩きながら先ほどの続きを考える。自身が主人公だった場合、大きな問題が発生する。それは魔法少女たちのメンタルケアについてだ。
弥勒の当初の計画では戦闘面で魔法少女たちを助けつつ、メンタルケアについては原作主人公に丸投げするつもりでいた。魔法少女たちは闇の魔力によって戦えば戦うほどメンタルが不安定になっていく。これを弥勒がカバーしていかなければならないのだ。
「メンタルケアかぁ」
今の弥勒は原作主人公と外側は同じでも中身は違う。メンタルケアをするには内面が重要だ。原作の主人公だからこそ彼女たちをケアできていたのだと考えると弥勒には少々荷が重い。『異世界ソロ☆セイバー』ではあまり他人との交流が必要なく、ダンジョン攻略が中心だったため弥勒でも問題なくクリアできたのだが、こちらはそうもいかないだろう。
そんなことを考えているうちに駅に着く。アオイはまだこちらには着いていないようだった。
「ごめん、待った⁉」
弥勒が駅に着いてからすぐにアオイもやって来た。弥勒を待たせていると思ったのか小走りで。
「いや俺も今来たところだ」
弥勒がそう言うとアオイが吹き出す。
「それデートの待ち合わせで言うやつ!」
クスクスと笑いながら喋るアオイ。弥勒もそれにつられて笑う。二人で改札に入り、電車に乗り込む。まるでリア充カップルの光景だ。
「今日から陸上部に体験入部するんだ~、すっごい楽しみ!」
「もう入部するのか、早いな」
「ランは急げ! っていうしね。弥勒くんは登山部だっけ?」
「善は急げだし登山部にも入らねぇよ!」
てきとーに喋り出すアオイにツッコミを入れていく弥勒。そんな会話をしているとあっという間に大町田の駅に着く。学校のある大町田駅は弥勒たちの住む鴇川の駅から二駅と近く着くまで10分もかからない。
「中学の時と違って電車通学ってやっぱり大変だよね!」
「たった10分だけどな」
「それでも大変だよ~。ま、まぁ弥勒くんはか、可愛い女の子と一緒に登校できて楽しいと思うけどね!」
「そこ照れながら言ったら余計恥ずかしいやつだぞ」
「うぐっ、失敗したぁ……。弥勒くんを大人の魅力でからかおうとしたのに」
弥勒の指摘に照れながら頭を振るアオイ。学園までは駅から歩いて15分くらいだ。駅前から歩いていくと徐々に大町田学園の制服を着た学生たちが増えてくる。
校門をくぐり、教室の近くまでアオイと一緒に行き、クラス前で別れる。そのまま自分の教室に入り席に座る。隣をちらりと見ると姫乃木麗奈が机に伏している。寝ている様だ。恐らく昨日の疲れが残っているのだろう。
「ふわぁ……」
それを見ているとつい弥勒も欠伸が漏れてしまう。そして昨日の別れ際を思い出す。
激しい戦闘が終わったあとメリーガーネットはゆっくりと弥勒に近づいて来た。そして突如、手を差し出してきた。てっきり握手だと思った弥勒は手を差し出そうとしたその瞬間だった。
メリーガーネットはにっこりと笑ってこう呟いた。
「ガーネット花粉」
彼女の手の周りから、急に黄色い煙が出現して弥勒を包む。仮面をしていたにも関わらず弥勒はせき込んでしまう。
「げほっ、ごほっ!」
「これでこの前の煙幕の件はチャラよ! 帰るわよ、ヒコ!」
そう言ってヒコと合流して帰っていったメリーガーネット。心なしかヒコもこちらを見て笑っていた気がする。その後、10分ほどくしゃみが止まらなかった弥勒だった。
姫乃木麗奈はやられたらやり返すタイプのようだ。根本が負けず嫌いなのだろう。まさかあのタイミングで仕返しされるとは思っていなかったため油断して花粉攻撃をもろに喰らってしまった弥勒。
本来なら弥勒の付けている仮面には煙幕などの有害な攻撃をブロックする機能が付いているのだが、彼女の攻撃は敵意が無かったのと花粉だったため素通りしてしまったのだろう。
「(仮面にそんな弱点があったとはな……)」
ここに来て新たな事実が発覚したことに驚く弥勒。最もあまり知らなくても問題ないような事実ではあるが。
持ってきた鞄から教科書を取り出して机にしまっていく。副教科の教材はこのまま持って帰らずに机かロッカーに仕舞っておこうと考える弥勒。
そのまますぐに担任が入ってきてクラスの出席をとる。その時になってようやく麗奈が目を覚ます。まだ少し眠そうにしている。そんな麗奈をぼんやりと視界に収めながら弥勒は考える。
「(俺が主人公なら彼女たちのメンタルケアをしないといけないんだよな。正体を明かすべきか、正体を知られずにセイバーと弥勒を使い分けて接するか。)」
メリーガーネットとはセイバーでの面識しかない。逆に巴アオイとは夜島弥勒としてしか面識がない。これならまだどっちの選択肢も取れる状態だ。
「(とりあえずは正体はバレないようにいくか)」
なんとなくそう結論付ける弥勒であった。
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