第10話 原作開始


 花町田神社に到着して境内にとりあえず潜むことにした弥勒。天使が襲撃に来るまで、それほど時間はないだろう。タイミング的にはいつ原作主人公がやって来てもおかしくはない。


 原作主人公は入学初日に駅前を散策して、偶然この神社を見つける。そしてせっかくだからと参拝をした帰りに天使と襲われるのだ。この周辺に荒れた形跡はないからまだイベント発生前だろう。そもそも弥勒は麗奈よりも早く教室を出ているのだからイベントはこれからのはずなのだ。


「(しかし原作主人公ってクラスにいたか……? 名前を知らないから分からないな。それっぽい奴はいなかった気がするんだが……)」


 『やみやみマジカル★ガールズ』のというゲームの主人公にはデフォルトの名前が存在しない。プレイヤーに感情移入してもらうために、製作会社があえて名前を設定しなかったのだ。ノベルゲームにはそのタイプの仕様になっているものも多い。


 そのため弥勒には主人公の名前が分からないのだ。手掛かりは黒髪ということくらい。太ってはいなかったはずだが、それ程度で候補を絞り切るのは難しい。ただ主人公の顔が分からなくてもここに来れば原作のイベントが起きるのは分かっていたのであまり気にしていなかった。


「まだか……?」


 しばらく待っていても何も起きないことを不思議に思う弥勒。その瞬間だった。背後から何かが迫っているのを感じる。身の危険を感じてとっさに前方へと転がる。


「うおッ⁉」


 前転をしながら身体を捻り、背後へと振り返る。弥勒のすぐ上を斬撃のようなものが通り過ぎていく。そのまま近くの木にぶつかり、それを切り倒した。転がっていなければ頭に攻撃が直撃していただろう。その事実に冷や汗をかく弥勒。


「なんで天使がもう⁉」


 そこにいたのはカマキリの姿をした天使だった。無機質な肌は変わらず、その両手の鎌は光り輝いている。羽と光輪も付いている。


 天使は弥勒に向かって右腕を振り下ろす。すると光の刃が飛び出してくる。


 先ほどとは異なる縦向きの光の刃を左側にかわしながら天使に接近する。攻撃を放った右腕側に進めば、振り下ろした腕を戻すのにタイムラグが発生する。その隙を狙ってのことだった。


 弥勒のその行動を天使は読んでいたのか、すぐさま切り返しの形で通常の斬撃を放ってくる。それを弥勒は後方宙返りをしながら飛び越える。


「セイバーチェンジ」


 滞空中に灰色の騎士アッシュナイトへと変身する。左手に出現した剣に回転の勢いを乗せて下から天使の目を狙って斬りかかる。


「Kiii⁉」


 カマキリ型の複眼に弥勒のロングソードが直撃する。たまらずに天使が声を上げる。そのまま追撃しようと弥勒は剣を構えなおそうとすると、今度は獣のようなものが茂みの中から突撃してくる。


 それに気づいていた弥勒は一歩下がり、獣が通り過ぎる瞬間を狙ってシールドを展開。カマキリ型の天使がいる方にソレを弾く。


「Guu……」


 弥勒に突撃してきたのは犬型の天使であった。すると周りの木々から今まで隠れていたのか更に三匹の犬型の天使が出てくる。しかもその中の一匹は他の個体よりも姿が大きい。


「全部で五体だと……。原作だと犬型の天使が三体だけだったはずだぞ」


 半ば想定していたとはいえ、やはり発生したイレギュラーな事態に少し焦る弥勒。戦闘中なので冷静さは見失わないようにしているが、出来ることなら今すぐ帰りたい気分だった。


「「「Guuu!!!!」」」


 様子見していた犬たちが一気に弥勒へと襲い掛かる。まず一番大きな犬がこちらに飛び掛かってくる。それを体勢を低くして下に潜り、シールドを使って上に弾く。


 同時に残り二体が噛み付いてくるのをロングソードを振るって牽制する。犬たちはたまらず左右へと逃げる。


 背後からはカマキリ型の天使が光を刃を二連続で放ってくる。その後ろにもう一体の犬型も続く。弥勒は上に打ち上げた犬型の尻尾を右手で掴み、左手のロングソードも広げてその場で回転する。


 その勢いはまるで小型の台風の様だった。光の刃も飛び掛かってきた犬たちもまとめて吹き飛ばれる。目を回している右手の犬型天使を地面へ放り投げる。


「まぁこれじゃ死なんわな」


 すぐに起き上がってきた天使たちに苦笑する弥勒。天使たちはこちらの動きを警戒しているようで唸り声のようなものを上げているだけで、向かってはこない。


「少し本気を出すとするか。カラー……――――」


「ガーネットシード!」


 弥勒が敵を殲滅するために他の武装に姿を変えようとした瞬間に、そんな声が響いた。それはつい最近聞いた覚えのある声だ。


 その声と共に赤い弾のようなものが一斉に天使たちを攻撃する。カマキリ型は何とか鎌で防いでいるようだったが、他の犬型たちはもろに攻撃を喰らっている。


「これでこの前の借りは返したわよ」


 そう言って現れたのはメリーガーネット。ツインテールを得意側に揺らしながら決め顔をしている。ヒコという妖精は一緒にいない。またどこか安全なところに隠れているのだろう。


「ありがとう、助かった」


 彼女が現れた事に弥勒は驚かない。元々、ここには彼女と原作主人公に会いに来たのだ。こう言った状況になり、いつ出てきても不思議ではないと考えていた。


「なによ、余裕そうな態度じゃない」


 助けられた側が泰然としているのを見て不満気に唇をとがらせるメリーガーネット。魔法少女の格好をしているからか、そんな仕草をすると年齢よりも少し幼く見える。


「まさか。俺も天使がこんなにいるとは思って無かったんだ。良かったら一緒に闘ってくれないか?」


「言われなくてもそのつもりよ。あんたも色々と秘密はあるみたいだけど悪い奴じゃなさそうだし」


 素直に助けを求める弥勒に、ちょっと照れながら答えるメリーガーネット。教室にいる時はあまり人に興味が無さそうだったのに、この姿ではわりと普通に喋っている。それを少し不思議に思う弥勒。


「ありがとう。よろしくな、メリーガーネット」


「ええ、こちらこそ。ええと……騎士さん?」


「セイバーって呼んでくれ」


 メリーガーネットは今さら弥勒の呼び名を知らない事に気付いた。それに対しセイバーと名乗った弥勒。もちろんこれは『異世界ソロ☆セイバー』から取っている。


「……セイバー様ね」


「え……?」


「な、なんでも無いわよ! セイバーね!」


 メリーガーネットが何かぼそりと言ったが、それは弥勒の耳には聞こえなかった。聞き返したもののはぐらかされてしまう。何故か頬を赤らめているメリーガーネットに首をかしげる弥勒。


「さぁいくわよ」


 そう言って彼女は再び魔力を高める。それに合わせて弥勒がカマキリ型の天使の方へ踏み込む。先ほどのメリーガーネットの攻撃で唯一ノーダメージだったため、反撃される可能性があったからだ。


「Kiiiiiii!」


 光の刃を放たずに鎌で斬りかかってくるカマキリ型。弥勒もそれを迎撃しながら互いに激しく切り結ぶ。カマキリ型が両手の鎌を使っているのに対して、弥勒側は左手のロングソード一振りだ。それでも互角に戦えている。いや、それどころか弥勒の方がやや優勢である。


 その理由は二つある。一つは相手側の鎌という武器の特性。この武器は本来、至近距離で切り合うための武器でない。特に自身よりも小柄な相手に懐に入られると武器のリーチが長すぎて不利になってしまう。もう一つは弥勒の戦闘経験値だ。今まで異世界でダンジョンを攻略してきた弥勒。当然、カマキリ型のモンスターとの戦闘経験はあるし、それよりももっと強いモンスターたちと戦ってきたのだ。今さらこの程度の相手に競り負けるわけがない。


 ダメージから復活した犬型たちが起き上がってくる。犬たちはメリーガーネットに狙いを定めて襲い掛かる。しかし狙われた当の本人はニヤリと笑った。


「ガーネットペタル」


 メリーガーネットが準備していた技を出す。赤い魔力から大きな花弁が形成され彼女の身体を包む。それは犬たちの突撃を阻む壁となり、彼女の身を守る。


「ガーネットローズ」


 そのまま足元から蔓を出現させ犬たちを拘束する。しかし他の個体よりも大きい一体が蔓から逃れる。彼女は余った蔓を動かして、拘束を図る。しかしその犬型はメリーガーネットを再び襲うわけでも、弥勒に狙いを変えるでもなく予想外の行動に出る。


 蔓に捕まっている他の犬型天使たちを食べ始めたのだ。その行動にメリーガーネットは驚く。思わず動かしている蔓を止めてしまう。


「うそっ、まさか共喰いしてるの⁉」


 つい最近まで普通の少女だったメリーガーネットには少々刺激の強い映像だったのだろう。顔が青ざめている。その一方で、カマキリ型の天使と戦っていた弥勒はこう思った。


「(やべぇ、カマキリ相手に舐めプしてる間に大変なことに……!)」


 とりあえず弥勒もメリーガーネットと同じく驚いた顔をして誤魔化したのだった。


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