第9話 入学式


 弥勒の不安とは裏腹にそれからの生活は平穏な日々が続いた。新しいヒロインどころか天使との遭遇すら無かったのだ。最も弥勒には天使の出現を予期する能力は無いので、気付かない所で暴れていた可能性はあるのだが。


 そして今日、高校の入学式があった。父兄に見守られながら、つまらない校長の話に耳を傾けた。弥勒の両親ももちろん来ていたので真面目な態度で過ごした。


 入学式が終わると保護者たちはそのまま帰宅していった。残された新入生たちはこれからそれぞれのクラスでのオリエンテーションが控えている。


 弥勒の手元にあるクラス表には1年2組と記載してある。二年生までは成績による振り分けもないため完全なランダムでそれぞれの生徒が振り分けられている。弥勒は指定されたクラスまで歩いていく。周りにもゾロゾロと新入生たちが歩いている。


 1年2組の教室に入ると黒板に座席表が張り出されていた。弥勒の先は一番通路側の後ろから二番目だ。どうやら窓側の先頭から順に男女関係なくあいうえお順に並べられているようだ。夜島という名字は頭文字が「よ」のためほぼ最後だ。ちなみに一つ後ろは「和田」となっていた。


「……」


 指定された席に荷物を置いて座る。座席表を見た時に気付いてたが、改めて確認する意味も込めて左隣に視線を向ける。


 そこには姫乃木麗奈が座っていた。名字が「ひ」から始まるためか弥勒と一列違いの場所となっている。本人は退屈そうに大人しく席に座っている。どうやら近くの席に友人などはいないようだった。


 しばらくすると担任の教師が教室へと入って来た。それを機にざわめいていた生徒たちが静かになる。


「みなさん、入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任を勤める山本啓司です。担当は日本史です。一年間よろしくお願いします」


 年齢は40代くらいで身長は160cmに届いていないだろう。髪にはパーマをかけており、薄緑のワイシャツを着ている。


 担任の挨拶に合わせて何人かがパラパラと「よろしくお願いします」と言っている。担任は教室をひとしきり見渡してから満足そうに頷く。


「まずはカリキュラムの説明をしていきます。必要事項が終わったら最後に自己紹介をして解散って流れになります」


 その後、宣言通りカリキュラムの説明や、校内施設利用時の注意など学園生活をするにおいて基本的な事柄を教わる。部活に関しては必ずどこかに所属する必要があるそうだ。ただ幽霊部員でも問題ないらしい。


 そこから生徒たちお待ちかねの自己紹介タイムとなった。窓側の先頭から順に自己紹介をしていく。それを見て弥勒は出席番号が最後じゃなくて良かったと安心する。さすがに自己紹介で大トリをするのは気が重くなってしまう。


 イケメンや可愛い子が自己紹介すると拍手の音が大きくなるのはご愛嬌というやつだ。そして姫乃木麗奈の順番が来る。


「姫乃木麗奈です。趣味とかはそんな無いですけど、一応読者モデルやってます。よろしくお願いします」


 可もなく不可もない挨拶だが今までで一番大きな拍手が起きる。特に男子メンバーが熱烈に手を叩いている。しかし当の本人の麗奈はあまり興味なさそうにしている。


 そして少しすると弥勒の番がやってくる。


「夜島弥勒です。趣味はランニングとゲームです。よろしくお願いします」


 そんな簡単な挨拶で済ませる弥勒。当然、拍手はまばらだ。そして大トリの和田くんが特にオチもない自己紹介をしてオリエンテーションが終了する。


「今日はこれで解散です。明日から通常授業が始まるので遅刻しないように。また部活動の入部届けの締め切りはGW前までだから忘れないように。以上です」


 それだけ言って担任は出席簿を持って教室から出ていく。教師がいなくなったことで生徒たちが動き始める。


 この日の行動次第で今後一年間のクラス内でのポジションが決まると言っても過言ではない。積極的に周りに声を掛ける者や、入学以前からの友人同士で固まったりと各々、動き出す。そして姫乃木麗奈の周りにはあっという間に人だかりが出来る。


「姫乃木さんってどこの中学出身なの?」「これから親睦会をみんなでやろうぜ」「彼氏いる?」「読者モデルってどんな雑誌出てるの?」


 などなど。チラッと耳に入って来ただけでも人気なのが分かる。弥勒としてはあまり積極的に関わるつもりもないので、さっさと荷物をまとめて教室から出る。


 クラス内のカーストはそれなりに大切だが、弥勒としては無駄に多くの友人を作るつもりは無かった。まずは原作を終わらせる事を優先するのだ。


「部活かー」


 問題は部活をどこにするかである。元々は中学時代と同様に帰宅部にするつもりだったが、どこか一つ選ばないといけない。出来れば幽霊部員でも文句を言われないところが良いだろう。


 弥勒の頭の中にヒロインたちの所属する部活が頭に過る。姫乃木麗奈は確か料理部の幽霊部員で、巴アオイは言うまでもなく陸上部。あとのメンバーは二次元同好会、企画開発室、美術部だったはずだ。


 とりあえずそこと被らないように気をつけようと決める弥勒。無難なのは歴史部の幽霊部員とかだろう。


 そんな事を考えているとあっという間に校門に着く。そこには見覚えのある人物が立っていた。


「あっ、ようやく来た! 遅いよ、弥勒くん」


 校門に退屈そうに立っていたのは巴アオイだった。


「どうしたんだ、こんな所で」


「弥勒くんを待ってたの! せっかくだし一緒に帰ろうと思って」


 弥勒の問いに笑顔で答えるアオイ。彼女とは春休み中、雨の日以外ほぼ毎日一緒にランニングしていた。そのためかなり仲良くなってしまったのだ。もちろん連絡先も交換済みであり頻繁にメッセージのやりとりもしている。


「あたし3組だったよ〜。一緒のクラスになれなくて残念だったね」


「まぁそんなもんだろ。俺もクラスに全然知り合いいないし」


 弥勒も特に拒否する事なくアオイと一緒に歩く。さりげなく歩幅をアオイに合わせている。


「部活の話聞いた? 強制入部だって! ようこそ陸上部へ!」


「いや陸上部には入らないから」


 テンションが上がったのか両手を弥勒の方へと広げて歓迎のポーズをしている。それをズバッと断る弥勒。


「がーん⁉︎」


 断られてショックを受けている。残念そうな表情をして子犬のような目で弥勒を見つめている。


「そんな目で見つめても入らんぞ」


「残念……。それよりも明日から朝のランニングどうするの?」


 恐らくこれを聞きたいが為に弥勒を待っていたのだろう。今日は入学式のため朝のランニングは休みにしていた。そして明日からは本格的に授業が始まる。そう考えるとここでランニングの習慣が無くなる可能性もある。


「いつもの7時からじゃ学校に間に合わないから、夕方か夜に変更だな」


「そっか、部活やらないなら放課後に時間があるもんね……。いいんじゃない?」


 そう言ってはいるが、アオイは明らかに落ち込んでいる。彼女は陸上部に入る予定だから、その後に走るのは体力的に厳しいだろう。つまりそれは一緒にランニングするのが終わるという事だ。


「あー、あとは早朝って選択肢も……」


「本当⁉︎」


 すごい早さで食いついてくるアオイ。その速度に少し引いている弥勒。


「ああ」


「あたしに合わせて無理してない? 大丈夫?」


 弥勒の優しさにアオイも気が付いているのだろう。反射的に喜びはしたが、弥勒に無理をさせていないか心配になったようだ。


「大丈夫だって。早起きは得意だし」


「なら明日からは朝6時にあの公園で! 負けないからね!」


 すっかりご機嫌になったアオイ。そのまま駅前まで雑談をしながら歩いていく。アオイも弥勒もここから電車で数駅のところに住んでいる。


「俺、買い物があるから今日はこれで」


「そっか、ならまた明日! バイバイ!」


 改札が近付いた所でそう切り出す弥勒。アオイも明日からまた朝練で会えると分かっているので無理に引き留めようとはしない。そのまま二人は改札で別れた。


 弥勒は今来た道とは違う方向へ行く。線路沿いに少し進んで行くと神社がある。花町田神社と呼ばれる神社で、市内ではそこそこ有名な場所だ。普段はそれ程、参拝客はいないが。


 何故、弥勒がわざわざ神社へ来たのか。もちろん参拝しに来た訳ではない。ここが全ての始まりだからだ。


 原作主人公が天使に襲われて、メリーガーネットに助けられる場所こそがこの花町田神社だ。そして襲われる日は今日、この後。つまりは原作のスタートだ。






「あれ、そういえば原作主人公って同じクラスにいたか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る