第7話 方針


 人型の天使が消滅し、先ほどまで戦いで鳴り響いていた音が止む。すると急に沈黙が場を支配したかのような気まずい雰囲気となる。壊れた建物にあちこち散らばった瓦礫。周りにはもう誰もおらず、まるで世界に二人だけしかいないかのような錯覚に陥る。


「さっき助けてくれたことについては感謝するわ。で、あなたは一体何者なの?」


 まず口火を切ったのはメリーガーネットの方であった。その問いに弥勒は軽く首をかしげる。むしろそれを知りたいのは自分の方だ。転生して異世界召喚され、帰ってきたら今度は天使との闘争が始まった。彼にとってはまるでジェットコースターのような人生に感じられるだろう。


「えーと、通りすがりのヒーローとかじゃ……」


「そんなんで納得できるわけないでしょ! あんたは知ってるの⁉ 天使が何なのかとか、この力は何かとか!」


 ふざけた回答に怒り出すメリーガーネット。彼女からしたら当然の怒りだろう。訳も分からず魔法少女とかいうものにされて、天使と戦わされたのだ。つい昨日まで普通の女子中学生だったにも関わらず。


 そこに現れた明らかに戦い慣れをしている謎の人物。何か事情を知ってそうなのにそんなふざけた態度を取られたら彼女じゃなくても怒るだろう。呼び方もいつのまにか「あなた」から「あんた」に変わっている。グレーアップかダウンかは分からないが、少なくとも尊敬は減っているだろう。


「メリーガーネット、大丈夫でやんすか~」


 そんな緊張感を壊すかのように気の抜けた声が聞こえてくる。一人(一匹?)だけ安全圏に隠れていたヒコが戦闘が終わったのを見計らってメリーガーネットへと近づいてきたのだ。


「なんとかね」


 心配してくれているヒコに彼女はそう返事をする。彼女を見て怪我らしいものは見当たらなかったためヒコもほっとする。初の実戦が2連戦ということで心配していたのだ。


「それよりも問題はこいつよ」


 メリーガーネットの指摘でようやくもう一人、人物がいることに気付いたヒコ。少し驚いてビクッとした後に弥勒の全身を観察する。


「むむむ、天使と同じ力を感じるでやんす!」


「「な、なんだってー⁉」」


 ヒコの衝撃の発言にメリーガーネットだけではなく、弥勒まで一緒に驚いてしまう。奇しくも二人そろって全く同じリアクションをしている。


「ってなんであんたまで驚いてんのよ!」


 横で同じをリアクションをしていた弥勒にツッコむメリーガーネット。しかしよくよく考えればヒコの言っていることはそれほど不思議なことではない。


 弥勒が使っている力は女神から世界を救うために与えられた加護だ。その力の経緯を考えれば闇の力を使う魔法少女よりも天使の力に近いのは当然だ。弥勒もすぐにそれに思い当たったのか、納得した顔をしている。


「怪しいわね」


 ジーっと弥勒を見つめるメリーガーネット。その訝しむ視線に弥勒は思わず目をそらす。もっとも仮面をしているため表情は伝わっていないが、雰囲気は伝わったようだ。


「聞きたいことが色々とあるのは分かった。だからまずはこれを見てくれ」


 弥勒はそう言って手のひらを上にしてに二人に見せる。二人はその動きに釣られて自然と視線を手のひらへと移してしまう。しかしその手には何も乗っていない。


「なによ、何もないじゃない」


 メリーガーネットがそう言った瞬間、手のひらの上に丸い物体が現れる。急に現れた謎の玉に二人が驚き、声を上げようとする。しかしそれよりも早く玉からプシューと音がして大量の煙が出てきた。


「ちょっと何よこれ!」


「な、なんかでてきたでやんす!」


 二人は煙幕に驚き慌てている。その隙に弥勒はこの場所から離脱する。この場で正体をバラさずに話を進めるのが難しいと考え逃げることにしたのだ。弥勒自身の頭が整理しきれていないというのもあるが。


「またな!」


 最後に軽く挨拶だけしてそのまま加速して走り去る弥勒。その声にメリーガーネットはむせながらも何とか反応する。


「ゴホッ、ちょっと待ちなさいよー! こらー!!」


 しかし既に弥勒はこの場から離脱しており、彼女の声は空しく響くだけだった。









 メリーガーネットの詰問から無事に逃げ切ることに成功した弥勒は大通りから少し外れた裏通りで変身を解除する。元の姿に戻ったのを確認して大きく息を吐く。


 先ほど使った煙幕はアイテムボックスに入っていたものではない。すべてのフォームについている基本機能だ。ヒーローの正体がバレないよう加護には誤魔化す系の力がいくつか付属しているのだ。


 むしろこんな余計な能力まで付けているからキャパが足りずにパーティーが組めないなどというデメリットが発生するのでは、と弥勒は思ったが今さら深くは考えないようにする。今回はこの機能のおかげで助かったのは事実なのだから。


「色々起こりすぎて頭が痛い……」


 天使との遭遇に、魔法少女の登場。ここが『やみやみマジカル★ガールズ』の世界だという紛れもない証拠だ。そしてその事実は弥勒にとって非常にショックな出来事でもあった。何故なら異世界で命を懸けて戦い原作を終わらせたと思ったら、再び原作が始まったのだ。弥勒でなくともショックを受けるだろう。


「天使たちを放っておく訳にはいかないしな。とりあえずこっちの正体がバレさえしなければ大丈夫か。魔法少女たちのケアは原作主人公に任せればいいし……」


 簡単な方針を決める弥勒。ようは正体さえバレなければ惚れられることは無いだろうという判断だ。もし仮に間違って惚れられたとしても、いくらでも誤魔化せると考えたのだ。


「逃げたのはまずかったか……? でもどうやって味方だと信じてもらうか」


 う~ん、と頭を捻る弥勒。とっさの事態で逃走してしまったため次に遭遇した時には非常に気まずいことになるだろう。むしろ気まずくなるだけで済めばよいが、最悪の場合は天使と同じとみなされ敵対される可能性もある。


 とはいえ今更どうしようもないので、そこは次に会った時に考えようと思考放棄する弥勒。そのまま思考を次へと繋げる。


「原作前ってことは魔法少女になってるのはまだ姫乃木麗奈だけだろう」


 残りのメンバーが魔法少女になるのは原作がスタートしてから。つまりは姫乃木麗奈が高校に入学してからだ。


「今さらだけど高校同じじゃん……」


 弥勒が入学する予定だったのは私立大町田学園。ここは『やみやみマジカル★ガールズ』の登場人物たちが通っている学校と同じ名前だった。


 そのことに弥勒が今まで気づかなかった理由は二つある。一つは単純に原作で通っている学校の名前を忘れていたこと。もう一つは学校の名前が普通過ぎて気にしていなかったのことだ。


 ゲームや漫画の登場人物たちが通う学園というのは変わった名前や作品のイメージを象徴していたりすることが多い。そのため自身の住んでいる街の名前をそのまま使っているシンプルな学校名に疑問を持っていなかったのだ。


「問題は原作のどのルートに進むかだな」


 原作はそれぞれのヒロインに対してバッドエンドとグッドエンドの両方が存在した。ヒロインの人数は5人のためルートは全部で十個だ。ハーレムルートやトゥルーエンドなどは存在しない。ヒロインが全員ヤンデレという性質上、ハーレム展開は難しかったのだろう。


 現時点ではどのルートに進むかは分からない。加えてルートによっては「俺たちの戦いはこれからだ」エンドも存在する。原作期間中に戦いが終わらないという可能性もあるのだ。


 またもう一つ懸念事項として先ほどのメリーガーネットの状態も考えておかなければならない。作中で姫乃木麗奈は入学前の戦闘でケガや危険な目にあったことはないと発言している。これは先ほどの戦闘の状況と矛盾する。もし弥勒が天使の光線を防がなければ死にはしなかっただろうが、ケガをしていた可能性は大きい。


「とりあえずは様子見ってことか」


 原作がスタートするのは4月7日から。それまでは天使が出現したとしても手に負えないような強力な個体は現れないだろう。まずは原作へ向けて情報を集めることを決意する弥勒。


「でも今日はもう帰ってさっさと寝よう」


 そう呟いて弥勒は帰路についた。





 ちなみに頼まれた買い物をすっかり忘れて帰った弥勒はもう一度買い出しに行くことになったのだった。

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