第6話 メリーガーネット


 さっさと終わらせる、と言ったは良いものの何をしたらいいか分からず固まるメリーガーネット。アドバイスを求めてヒコの姿を探す。


 するといつの間にかヒコは自分だけ安全な物陰へと隠れていた。


「なんで隠れてるのよ⁉ アンタも戦いなさい!」


「む、むりでやんすよ~。あっしに出来るのは人払いと応援くらいでやんす」


「……ならワタシはどうすれば良いのよ⁉」


 ツッコみたいことは色々とあったが、とりあえず話を進めるメリーガーネット。ヒコは見た目からして強そうには見えないため、戦えないという言葉をとりあえずは信じることにしたようだ。


「気合を拳に込めるでやんす!」


 あまりに雑な指示に頭を抱えそうになるが、やってみないことには始まらない。とりあえず言われた通りに「むむむ~」と心の中で気持ちを込めながら拳を強く握る。


 すると手のあたりがほんのりと温かくなってきたような気がする。このままいけるかも、とメリーガーネットが希望を持った瞬間、魚型の天使がこちらに突撃してくる。


「きゃあっ‼」


 拳に入れていた力を解いて、慌てて右側に避ける。魚型の天使はメリーガーネットの横を通り過ぎるとすぐにUターンしてこちら側を向いてきた。そのまま口を開けて光の泡を放出してくる。


「っ‼」


 放射状に放たれた泡に逃げ場を探すメリーガーネット。しかし左右に逃げ場はない。あるとしたら上しかない。攻撃の範囲が横に広い分、縦の空間には余裕がある。


「(いける!)」


 普段ならそんな選択肢は選ばないだろう。上に跳んだとしても攻撃が通り過ぎるまで空中で待ち続けるのは不可能だ。途中で落っこちて泡のど真ん中に放り込まれるのが目に見えている。


「やあッ‼」


 自身の直感を信じて走り幅跳びの要領で勢い良く跳びあがるメリーガーネット。すると通常では考えられないような速さと飛距離で一瞬にして泡を飛び越す。そのまま魚型の天使の近くへと着地する。


「食らいなさい!」


 勢いはそのままに拳を振るう。先ほど掴みかけていた感覚をそのまま目の前の相手へと叩き付ける。


「Piiii!」


 殴られた魚型の天使は吹き飛び、ドカンと壁に激突する。そのまま地面に倒れビチビチとのたうっている。メリーガーネットは自らの拳を信じられないものを見るかのように見つめている。


 彼女は気付いていなかったが殴る瞬間に拳が黒く輝いていた。これは魔力の収束によるものだ。無意識ではあるものの感覚的に戦い方を学びつつあるメリーガーネット。


「そのまま追撃でやんす!」


 その言葉に反射的に手を前に突き出す。すると彼女の周りに花びらが舞い始める。赤い蔓が数本出現し、天使へと追い打ちをかける。そのまま天使を縛り上げて締め付けていく。


「ガーネットローズ!」


 天使も最初は抵抗して暴れていたものの次第に動かなくなっていく。そして完全に動きを止めたあと天使の身体が幻のように透明になって消えていく。


「お、終わったの?」


「天使を倒したでやんす! あの天使は打撃に弱かったみたいでやんすね。必殺技を使うまでもなかったでやんす」


 ヒコからの言葉に安堵するメリーガーネット。全身から一気に力が抜ける。そのまま地面へと座り込みそうになる。


「それじゃ次にいくでやんす」


「え……次?」


 思わぬヒコの言葉に目が点になるメリーガーネット。崩れ落ちそうだった瞬間に言われたためか何故か中途半端に蟹股のポーズで固まってしまっている。


「敵はもう一体いるでやんす。あっちの方に」


 フワフワと近寄ってきたヒコが短い腕で前方を指差す。


「あっちって大通りじゃない!」


 大通りであんな怪物が暴れれば被害はここよりも確実に大きなものになるだろう。幸いこの場所では建物が一部崩れただけで人的被害はほとんどない。


 もしかしたら落ちてきた瓦礫などで怪我をした人はいるかもしれないが、死者や重症者といった人はいない。これもたまたま天使の出現場所の近くに彼女たちがいたことと、ヒコの人払いの力のおかげだろう。


「急ぐわよ!」


 そう言って走り出すメリーガーネット。ピョンと飛び跳ねて近くの雑居ビルの非常階段へと着地する。そこから更に跳ねて次のビルへと飛び移る。


 いつの間にか変身して上昇した身体能力を使いこなしている。本人にあまり自覚は無いようだが。


 そのままいくつかのビルを飛び移っていくと大通りが視界に入ってくる。


「ひどい……」


 逃げ惑う人々が悲鳴を上げている。クラクションの音が連鎖して騒ぎが加速しているのが伝わってくる。物理的な被害で言えばさっきまでいた場所と同じくらいだが、混乱が起きているせいかひどく恐ろしく感じる。


「天使はどこに……」


 周りの状況に焦りながらも天使を探すメリーガーネット。人々を避難させるにしても天使の居場所が分かっていなければ意味がない。天使の姿を求めて立っていたビルから近くの信号機へと飛び移る。


 すると少し先にビルの中で動いている天使らしき物体と、その下に同年代くらいの少年の姿があることに気付く。少年は呆然とした様子で天使を眺めている。そして天使は少年の存在に気付いたのかビルの中から地面へと落ちてくる。


 このままでは少年が危ない、そう思った時にはもう口から言葉が飛び出てきた。


「そこの人、今すぐ逃げて!!」


 メリーガーネットの声に少年が反応してこちらを振り返る。身長は170cmくらいだろうか。短い黒髪に意志の強そうな瞳。その顔には驚愕の表情を浮かべている。


「祈りの力は明日への希望! メリーガーネット!」


 反射的に名乗りを上げる彼女。自然と口から出てきた言葉に内心は恥ずかしさでいっぱいになる。よりにもよって自分と同年代くらいの少年に魔法少女の格好を見られた上に口上まで聞かれてしまったのだ。非常事態とは言え年頃の乙女としては仕方のないことだろう。


 信号機の上から地面へと飛び降り、華麗に着地する。スカートがふわりとなびく。少年と目を合わせてもう一度、同じ言葉を投げかける。


「ワタシがそいつを押さえるから、あなたは今すぐ逃げて!」


「あ、ありがとう」


 そう言って少年は足早にこの場を去っていく。彼女は少年が離脱したのを後目に、新たな天使の姿を観察する。


 最初に倒した魚型の天使とは全く違う姿をしている。肌の無機質な感じは同じものの人型をしている。といっても出来の悪い人形レベルで人間のようには全く見えないが。


「Fuuu!」


 天使はいきなりメリーガーネットに向かって光弾を打ってきた。先ほどまでの泡状の攻撃と違い単発だが、その分速さはこちらの方が圧倒的に上だ。


「っ!」


 先制攻撃を何とかかわすメリーガーネット。変身していなかったら確実に被弾していたであろう。一旦、後ろへと下がり天使との距離を取る。光弾を安全に避けるには距離を取るべきだと考えたのだろう。


 そこからは天使が一方的に攻撃して彼女がかわすという流れが続いた。相手側の光弾と光線の巧みな使い分けにより戦闘経験の少ない彼女は懐に飛び込むのを躊躇してしまう。ガーネットローズを使うにしても相手が万全な状態ではあまり足止めも期待できない。


「(いつまでも避け続けている訳にもいかないわ。何とかして攻撃をしないと……)」


 そして気付く。光弾は速度がはやく天使に隙ができにくいが、光線なら攻撃は直線的で放っている間は無防備だ。彼女はチャンスを待ちながら攻撃をかわし続ける。


「今!」


 天使が光線を出した瞬間に斜め前に飛び出して攻撃をかわす。そのまま加速して天使へと肉薄する。そして魚型の天使の時と同じように勢い良く拳を人型の天使へと叩き付ける。


 しかし結果は彼女の想定とは異なっていた。拳自体は直撃したが、天使側にそれほどのダメージは無かった。精々、少し態勢を崩せた程度のものだ。さらに最悪なことに想定外の結果に彼女の動きが止まってしまった。


 天使が再び光線を放とうと手を向けてくる。


「(逃げっ……)」


 そう思った時にはすでに遅く光線は放たれていた。彼女は反射的に目を瞑る。逃げ場はどこにもないのだ。絶望が彼女の中に広がる。


 しかしいつまで経っても攻撃が自分には届かない。恐る恐る目を開けてみるとそこには天使の光線を盾のようなもので受け止めている何者かがいた。


 メリーガーネットは一瞬、自分が何を見ているのか分からなかった。しかしよく見てみると攻撃を受け止めている何者かは人のようであった。


 灰色の外套を羽織り、フードを被っている。少しだけ除く顔には仮面らしきものを付けている。金属の鎧を着ており、左手には剣を持っており、右手から透明なシールドを出して光線を防いでいる。その姿はまるで騎士のようだった。


彼、あるいは彼女はシールドを拡大し天使を押し込むようにして態勢を崩させる。そこから反対側に持っていた剣を逆袈裟斬りの要領で攻撃する。天使はたまたず後方へと飛ばされる。そしてこちらに振り返って声をかけてくる。


「大丈夫か?」


「え、ええ……大丈夫よ。でもあなたは一体?」


 突如、現れた乱入者に助けられたことへのお礼も忘れて思わず尋ねてしまう。すると騎士は困ったかのように肩をすくめてこう答えた。


「まぁ、ただの助っ人みたいなもんだ。とりあえず最優先はアイツだろ?」


 その言葉にハッとするメリーガーネット。騎士の言うとおりまずは天使を何とかしなくてはいけない。話はそのあとだ。敵ならばわざわざ助けたりはしないだろうし、被害がこれ以上拡大する前になんとしても天使を止めないといけない。


「そ、そうね。まずはアイツを倒すわよ!」


 流れに乗ってそう答えるメリーガーネット。天使がダメージを負った状態のため先ほど魚型の天使にも使った技が使える。


「ガーネットローズ!」


 赤い蔓を出現させ天使に絡ませる。これで多少の時間は稼げるはずだ。その間に必殺技を使えばいい。魔法少女として次にどうすれば良いか彼女は分かっていた。いや、本当は最初に変身したときから力の使い方は分かっていたのだろう。ただ常識が邪魔をしていただけで。


「これで終わりにするわ!」


 身体の中にある力を燃やすように高めていく。するとすぐにその力は可視化して赤い魔力となって現れる。それに反応した天使がいくつもの光弾を彼女に向かって打ってくる。


 その攻撃を騎士が盾を使って難なく受け止める。こちらに被弾しそうな光弾のみを焦った様子もなく捌く様子に彼女は思わず見惚れる。その動きから相当戦い慣れているのが伝わってくる。


 そして彼女の技は完成する。魔法少女として最高の攻撃であり、天使たちを倒すための必殺技。


「メランコリーロザリオ!!」


 巨大な赤いロザリオが出現し、先ほどの天使の光線とは比べ物にならない程の魔力砲がロザリオから放たれる。あまりの威力に技を使った本人ですら呆然としてしまっている。


 そして光が収まりロザリオが消えたと時、そこにはもう天使の姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る