第5話 姫乃木麗奈


 その日、姫乃木麗奈は買い物をしていた。彼女は先日、中学を卒業し来月から華の女子高生となる。しかも人生初の一人暮らしというオマケ付きで。これからまさに人生で最も楽しい時期を迎えるであろう麗奈は最高にウキウキの気分だった。


「……あんたさえいなければね!」


 周りの人間に聞こえないよう小さな声でそう呟く。それは自身の右肩に乗っている存在に向けての発言だった。麗奈は目を吊り上げて恨めしそうな表情をしている。


 彼女の右肩には奇妙な生物が乗っかていた。イタチをデフォルメしたかのような黒い奇妙な生物。目元にはハートの形をしたピンク色のサングラスをかけている。まるでぬいぐるみのようだが、麗奈の発言にピクリと反応したことから生きていることが窺える。


「それは仕方ないでやんす。魔法少女の素質を持っている人間は少ないでやんすから」


 うんうん、と頷きながら変な語尾を付けて喋るイタチらしき生物。ハートのサングラスが全然似合っていないせいか妙に憎たらしく見える。現に麗奈もイラっとした表情を浮かべている。


「だからって今時、魔法少女はないでしょ! 魔法少女は!」


「……? 魔法少女は女の子の憧れって聞いてるでやんすよ?」


「それは小さい女の子の話! 華の女子高生が魔法少女に変身なんてしたら末代までの恥よ!」


 さらりと自分を女子高生に分類する麗奈。まだ3月のため厳密には女子中学生なのだがもう彼女の中ではJKデビューしているのだろう。


「あっしからしたら10歳も100歳も同じでやんす」


「……もういいわ。とにかくワタシは魔法少女なんてやらないから」


  謎生物から視線を外す麗奈。その声には決意が込められていた。


「(こんな生物になんて関わるんじゃなかったわ。妖精だかなんだか知らないけど天使と戦うとか意味わからないし。ましてや魔法少女に変身するなんて絶対無理!)」


 自称、闇の妖精を名乗るこの生物と麗奈が出会ったのは昨日の事だった。中学の卒業式を終えて仲の良い友達たちと卒業パーティーを行った帰り道でのことだ。近くの神社の鳥居の下でゴロゴロと転がっている謎の物体がいたのだ。思わず驚いた麗奈に反応したその生物は転がるのをやめてフワフワと浮遊しながら麗奈へと近づいてきたのだ。


『あっしが見えるでやんすね! 君には魔法少女になってもらうでやんす!』


 いきなりそう宣言されてから一方的に付きまとわれているのだ。名前はヒコというらしい。「闇の妖精」で「天使」を倒すために素質のある人間を探しているとかなんとか。


 麗奈からしたら意味のわからない話ではあったが、他の人間にヒコの姿が見えていないことから超常的な何かだとは思っている。あるいは自身が作り出した幻か。その場合は麗奈の願望が魔法少女に変身することになってしまうので前者だと信じている。


「魔法少女になればレーナでも人気者になれるでやんすよ!」


「どうゆう意味よ!」


 あの手この手で麗奈を魔法少女へと勧誘してくるヒコ。ただ妖精だからなのか人間側の常識があまりないため全て不発に終わっている。むしろ麗奈を怒らせているくらいだ。


「言っとくけどワタシ、読モやってて人気はそこそこあるのよ」


 さらりとそう言い放つ麗奈。彼女の容姿は外にいると非常に目立つ。流れるような艶のあるロングヘアは毛先がウェーブしている。色はアッシュブラウンで前髪はかきあげている。そのため大きな目がより印象的に見えるようになっている。


 身長は165cmには届いていないだろう。胸元も控えめで表情にはまだ少女らしさを残している。脚が長く歩き方も様になっているので先ほどから街行く男性たちの視線を集めている。


「どくも……? 何だか分からないけ凄いでやんすね」


 そんな話をしながら買い物を進めていく麗奈。今日は一人暮らしに必要な備品の買い出しに来ているのだ。来週からはいよいよ一人暮らしを開始することになっている。入居手続き自体は済んでいるので、買った備品はとりあえず新居へと置いておく予定だ。


「これで必要なものは大体揃ったかしらね」


 彼女は読者モデルをしていることもあり同年代の中では金銭的に余裕のある方だ。一人暮らしの許可が出たのも読者モデルという仕事できちんと評価をもらっているからでもある。


「ヒコ、そろそろ帰るわよ」


「…………」


 麗奈がそう声をかけてもヒコは返事をしない。麗奈とは全然違う方向を見ており、こちらの言葉に反応する様子は無い。


「ヒコ……?」


 さっきまで聞いてもいないのに魔法少女についてベラベラ喋っていたヒコが急に静かになったことに不安を覚える麗奈。ヒコが見ている方向に思わず視線を向けた瞬間だった。


 ドガーン、という爆音が聞こえてきた。目の前で爆発が起きたわけではない。何故なら視界の中に壊れている建物などは見当たらないからだ。少し先の通りからなのだろう。


「な、なにが起きたの⁉」


「天使でやんす! レーナ、行くでやんすよ!」


 そう言ってヒコは麗奈の肩からジャンプしてピューンと音がした方へと飛んで行ってしまう。爆発音からの展開についていけてない麗奈は混乱している。


「ちょ、ちょっとどういうことよ! 待ちなさいよ、ヒコ!」


 状況がつかめないままに慌ててヒコを追いかけていく麗奈。本来の彼女の性格ならわざわざ爆発音がした方に近づいていくようなことはしない。しかし昨日からヒコという不思議な生き物と関わってしまったせいで若干、感覚がマヒしてしまっているのだ。


 そのままヒコに着いていくとすぐに爆音が発生した現場に着いた。そこではいくつかの建物が崩れていた。幸い人通りの多い場所ではないからかそれほど騒ぎにはなっていなかった。しかし麗奈にとってはそれよりも気になるものがあった。


「なによあれ……」


 それは見たこともない生物だった。形で言うと魚に似ている。しかし身体は金属のようで光沢があり、羽のようなものが付いている。光輪が浮かんでおり、口から泡のようなものを出して周りのものを破壊している。


「天使でやんす! さあ魔法少女に変身してアレを倒すでやんす!」


「いやいやいや無理でしょ! わりとガチ目なモンスターじゃん!」


 魔法少女が倒す敵というのはアニメの世界ではもっとゆるふわな感じのモンスターと決まっているのだ。断じて無機質な魚型モンスターではない。想像していたより数倍恐ろしい敵に麗奈は足がすくむ。


「すでに契約は済んでるでやんす! 指輪にキスをして変身するでやんす」


「いつの間に⁉」


 こんなこともあろうかと昨晩、麗奈が寝ている隙にこっそりと契約を済ませていたヒコ。指輪は敵が現れると自動で出現するという優れもの。その代わり契約が終了するまで外せなかったりもする。


 二人が掛け合いをしている間にも魚型の天使はブクブクと泡を出して周辺を破壊していく。このまま天使を放っておけばこの辺りは瓦礫の山となってしまう。魔法少女に変身する気などさらさら無かった麗奈ではあるが、現実での被害を目の当たりにしてしまうと何とかしなければと思ってしまう。


「ええい、女は度胸よ!」


 そう言ってやけくそ気味に左手の人差し指についている指輪にキスをする。指輪自体は赤色でメタリックな安っぽいものだった。はっきり言ってダサい指輪である。


「メランコリー!ハートチャージ! (ってワタシ何を言ってるの⁉)」


 キスをした瞬間、指輪が発光し麗奈の全身を光が包む。口からは思ってもいない言葉が勝手に飛び出し驚く麗奈。周りには花びらのようなエフェクトが発生し、髪の色が桃色へと変化していきツインテールへと変わる。瞳の色も黒から赤になり、メイクが自動で施される。


 流れるように両手に黒い手袋がはめられ、足には黒いロングブーツが装着される。上下で黒とガーネットを基本配色としたフリフリの衣装が身体に装着される。最後に胸元に大きな柘榴石ガーネットが出現する。


「祈りの力は明日への希望! メリーガーネット!」


 変身が終わると自然とそう言ってしまう麗奈。しかも自身の胸を抱くようなポーズもとるというオマケ付き。


「(な、なによこれー! なんで勝手にポーズとか言葉が出てくるわけ⁉)」


 麗奈は疑問に思っているがこれは魔法少女としての様式美というやつだろう。ヒコは麗奈の変身を見て満足げに頷いている。まるで「こやつはワシが育てた」と言ってるかのような雰囲気だ。


「とにかくアンタを倒してさっさとこの恥ずかしい姿を終わらせるわよ!」


 ビシッと天使を指さす麗奈ことメリーガーネット。天使もここにきてようやく魔法少女の存在に何かを感じたのか泡を出すのをやめてこちらを注視している。


 こうしてメリーガーネットの初戦が始まった。

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