第4話 やみやみマジカル★ガールズ


 「ヒーローズテイル」というゲーム会社は様々なヒーローに関するゲームを作っている会社だ。弥勒が体験した異世界でのダンジョン攻略は『異世界ソロ☆セイバー』というアクションゲームで「孤高のヒーロー」がテーマだった。


 そんなメーカーの作品で『やみやみマジカル★ガールズ』というものがあった。シンプルなノベルゲームでコンセプトは「病んだ魔法少女」というもの。ヤンデレ×魔法少女という組み合わせは『異世界ソロ☆セイバー』と方向性は違うもののニッチな層に一定の人気があった。


 ストーリーとしてはある日、人類の元に「天使」と呼ばれる存在が現れて文明を破壊し始める。それを魔法少女が防いで世界を守るというものだ。通常の魔法少女作品と異なるのは敵が光の存在であり、魔法少女側が闇の力を使うという点だ。


 人類の発展により地球の環境は破壊されつつある。それを嘆いた神が人類の文明を破壊すべく「天使」という使徒を派遣する。それに対抗するために長い眠りから目覚めた闇の妖精であるヒコは才能のありそうな少女たちと契約をする。そうすることで魔法少女になった少女たちは天使との戦いに身を投じていくことになるのだ。


 しかし闇の力というということで当然デメリットが存在する。それは使用者の精神を蝕むというものである。魔法少女として戦えば戦うほど、少女たちの精神は不安定になっていく。それをケアしていくのが原作の主人公である。原作主人公はある日、天使の襲撃現場に偶然居合わせてしまう。そこをメリーガーネットに助けられ、彼女の正体が同じクラスの姫乃木麗奈だと気づいてしまう。それをきっかけに彼女たちをサポートしていく立場となりやがては恋愛へと発展していくというストーリーだ。


「あ、ありがとう……!」


 弥勒はそれだけ言ってとりあえず戦場から離脱する。天使をどうにかするにも頭が混乱しており、一旦は引いた方が良いという判断だ。いくら魔法少女とはいえ女の子を化物のそばに残しておくのは気が引けるがこのままここにいてもどうしようも無いのだろう。


 弥勒は急いで大通りから外れたビルの陰に身を潜める。こんな時にはリセットされた身体能力が恨めしく感じる。


「(まずここは『やみやみマジカル★ガールズ』の世界で間違いない。時系列的には3月なら恐らく原作前だろう。どうする、原作に介入するべきか……)」


 弥勒は思わず頭を抱える。ようやく異世界から帰ってきたと思ったらいきなりこれだ。少しくらいゆっくりさせてくれても良かったのに。そんなことを考えていると、ふとある事に気付く。


「ま、まさか女神様が帰るのを渋ってたのはこれが分かってたからか……! なんで教えてくれねーんだよ!」


 弥勒が地球へ帰ることを希望した際に女神は明らかに動揺していた。恐らくその原因はこれだ。自分の世界を救った人間が破滅を迎えそうな世界に帰ると言い出したのだ。困った顔をするのも当然だろう。天使などについてどこまで知っていたか定かではないが、異世界の存在とはいえ女神だ。弥勒が帰ろうとしている世界が破滅に向かっているのに気付いていてもおかしくはない。何故その事実を弥勒に伝えなかったのかは謎だが。


「とにかく今はメリーガーネットを助けないと」


 原作通りにいけば彼女は勝つだろう。しかしそれを知っているからと言って何もしないのは弥勒の心情として苦しく感じてしまう。それに弥勒というイレギュラーな存在がいる以上、原作通りにいかない可能性もある。助ける力があるのに何もしないのは義に欠けるだろう。あるいは女神はこのことを予期していたからこそ加護をそのままにしておいたのかもしれない。


 どちらにせよ異世界は救ったのに、自分の世界は救えませんでしたでは格好がつかない。


「セイバーチェンジ!」


 左腕を前に出して本日二度目の変身を行う。一瞬で灰色の騎士へと換装する。魔力を練って全身へと行き渡らせる。思考のスイッチを戦闘モードへと切り替える。足元に魔力の溜めを作り、走り出しと同時に解放する。それにより通常の人間では出せないような圧倒的な速度を実現させる。ただし全力ではない。自身の肉体が弱体化しているため加減を行っている。


 先ほどまでとは比べ物にならないスピードで大通りへと戻る弥勒。視界の先には天使とメリーガーネットが戦っている。天使は身体の模様を光らせて腕から光線を出している。それを跳ぶようにかわしてメリーガーネットは天使へと肉薄する。そのまま黒い光に包まれた拳を突き出す。


 がら空きだった胴体に拳がぶつかる。鈍い金属音が響き天使は態勢を崩すが、大きなダメージが入っているようには見えない。


「うそっ⁉ 効いてないっ⁉」


 攻撃が不発に終わったことに動揺するメリーガーネット。その隙を天使が見逃すはずもなく態勢を崩したまま今度は至近距離から光線が放とうとする。光が腕に収束し、放たれる。メリーガーネットもそれに気づくが今さら逃げ場はない。


「させるかっ―――!」


 それを間一髪で弥勒が防ぎにかかる。さらに加速をして天使とメリーガーネットの間に身体を滑り込ませる。そして剣を持っている左手とは逆の右手の甲を前に突き出す。籠手に埋め込まれた灰色の宝玉が光り、空中に透明なシールドが出現する。


 弥勒たちに向かって放たれた光線とシールドがぶつかり合い火花が散る。想像していたよりも強い圧力に息を堪え、足元の踏み込みを強める。


「(あぶねー! 原作と少しずれてるのか、思いっきりメリーガーネットが被弾しそうだったぞ!)」


 心の中で動揺しながらも視線を天使の挙動に集中させる。背後で彼女が息を呑むのが伝わってくるが振り返りはしない。光線の出力がやや落ちてきたのを感じ、弥勒は前に大きく踏み込む。シールドへ流している魔力をさらに強め盾のサイズを大きくする。そのままシールドの面の広さを活かして体当たりの要領で天使に激突する。


 元々、態勢を崩していた天使は体当たりでさらにバランスを崩し、光線を放っていた腕は上へと逸れる。光線がシールドから外れた瞬間に、剣を持っていた左手を下から上へと振り抜く。超至近距離からの斬撃のため最高の一撃とまでは言えないが、最善の一手ではあったと言える。


 天使は斬撃により後方へと吹き飛ぶ。これによりようやく二人と天使との間に距離ができた。


「大丈夫か?」


「え、ええ……大丈夫よ。でもあなたは一体?」


 突然の乱入者にメリーガーネットは困惑の表情を浮かべている。それも当然だろう。敵からの攻撃を受けそうになった瞬間に鎧を着た騎士のような存在に助けられたのだから。


「まぁ、ただの助っ人みたいなもんだ。とりあえず最優先はアイツだろ?」


 メリーガーネットからの問いを適当に誤魔化す。剣の切っ先で天使を指して視線を誘導する。弥勒としても彼女の問いに対する正確な答えは持ち合わせていないのだ。まさか馬鹿正直に「異世界を救った戦士だ」などと答えるわけにもいかないだろうし。


「そ、そうね。まずはアイツを倒すわよ!」


 弥勒からの誘導に誤魔化されたのか、乗ったのかは不明だがメリーガーネットも自らの役割を思い出す。彼女は天使を倒すためにここにいるのだ。


「ガーネットローズ!」


 彼女が右手を振るってそう叫ぶと、周りの空間に花びらが舞い赤い蔓が数本現れて天使へと向かっていく。こちらへと向かってきていた天使は魔力でできた蔓に足止めをされる。腕を振り回し絡まっている蔓を振りほどこうとする。


「(あれ自体にはそれほど攻撃力はないのか)」


 弥勒は剣を構えたまま、その場から動かない。武器として剣が主体のため下手に攻撃してしまうとせっかく足止めしている蔓を斬ってしまう可能性がある。そのため何かあったら動き出せるように臨戦態勢だけは崩さず、敵の様子を観察しているのだ。


「これで終わりにするわ!」


 メリーガーネットは天使が足止めされたのを確認してから必殺技を出すための溜めに入る。彼女の周りに赤い魔力の奔流が生まれる。その魔力の密度に弥勒は思わず目を見張る。


「Fuuuu―――!」


 天使も自らの危機に気付いたのか蔓を振りほどくのを止めてこちらへ向かって光弾を何発も打ち込んでくる。その攻撃を弥勒は宝玉に魔力を込めシールドを展開して防ぎきる。光線と比べると数は多いが一発一発の威力は低いため防ぐのはそう難しいことではない。


「メランコリーロザリオ!!」


 メリーガーネットの叫びと共に赤い魔力が上空で形を成す。それは巨大な赤いロザリオだった。その大きさは5mほどはあるだろうか。壊れそうなほど赤く光り、そこから放たれた魔力の渦が天使を襲う。轟音と共に天使は為す術もなく渦に呑み込まれる。




 そして光が収まりロザリオが消えた時、そこにはもう天使の姿はなかった。

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