第3話 能力実験


 早速、公園へと着いた弥勒は周りに誰もいないことを確認する。小さな公園で遊具もほとんど無いため普段から子供たちもあまりここで遊んだりはしない場所だ。能力の実験にはまさにうってつけの場所だろう。


「アイテムボックスは使えたから次はメインの加護を試してみるか」


 キョロキョロとやや怪しい挙動を見せながら木の陰に隠れ、道路からなるべく見えない位置に移動する。そこで一度、息を整えてから加護を発動させるためのキーワードを口にする。


「セイバーチェンジ」


 その言葉と共に左腕を前に出してまるで握手するかのようなポーズをとる弥勒。すると手の上あたりに灰色に輝く宝玉が出現し、ピカッと大きく光り弥勒の姿を一瞬隠す。


 そして光が収まると、そこには騎士の様な格好をした弥勒が立っていた。左手には剣を握っている。一般的なロングソードと呼ばれる剣である。先ほど光っていた宝玉はいつの間にか反対側の右手の籠手に埋め込まれている。色は灰色のままである。


 薄めの灰色の外套を纏い、フードを被っている。顔には中世の騎士が付けていたバイザーを模した仮面が付けられている。一見、視界が悪そうに思えるがこれも加護の力なのか視界には一切影響しないという優れモノだ。


 胸元から腰にかけては灰色の鎧を装着しており、腕には籠手、足元はいつの間にかブーツが装着されている。全体的に騎士に近い格好ではあるが、正規のものと比較するとやや軽装となっている。


「やっぱり灰色の騎士アッシュナイトに変身できるのか」


 この姿は女神から与えられた加護のベースとなる力である。鎧と武器を自動で装着する変身システム。状況に応じて姿を変えることであらゆる戦闘に対応できる能力の基本のフォーム。この灰色の騎士アッシュナイトという姿は文字通り騎士の能力をベースとしており、汎用性の高い戦闘装束だ。


「解除」


 いつまでも能力を展開している訳にもいかないので能力を解除する弥勒。万が一何も知らない一般人に先ほどの姿を見られれば公園で隠れてコスプレをしている痛い人間と思われる可能性もある。それだけは避けたい弥勒。地球へ戻って来て早々に変な噂が立つのもまずいだろう。


「変身できたってことは他のフォームにもなれるんだろうな」


 灰色の騎士以外にも変身フォームは何種類かある。基本はそれぞれのフォームに対応する色があり、姿を変えることを「カラーシフト」と呼ぶ。しかし一人であらゆる状況に対応できるという万能な能力ではあるがデメリットもある。加護の力が大きすぎるためにバランス調整として能力にはある制約が追加されているのだ。


 それがパーティーを組んだ際のステータスダウン。パーティーの人数が自分を含め2人になればステータスは2分の1に。3人ならば3分の1になるという巨大なデメリットだ。それゆえに弥勒はダンジョンをソロで攻略しなければならなかったのである。


 最も女神自身はこのデメリットをあまり気にしていなかった。というのも元々ダンジョンは女神の世界の住人が攻略して龍神を討伐することを期待して作られたものである。しかしその攻略は遅々として進まず結局は弥勒を召喚することとなった。つまり女神は自身の世界の人間をダンジョン攻略の戦力としてあまり考えていなかったのだ。


 また製作サイドの話ではあるが「ヒーローズテイル」というゲーム会社はその名の通り様々なヒーローに関する作品を出しているメーカーだ。そしてこの『異世界ソロ☆セイバー』という作品のコンセプトは「孤高のヒーロー」である。異世界にて独りで世界の命運をかけて戦うという設定だった。


「能力はそのままなのに身体は縮んでいるという不思議」


 異世界で成長した身体は地球に帰ってきてリセットされている。その一方で能力はそのままというアンバランスな状態である。万が一能力を使う際には出力には気を付けた方がよいだろう。数年かけて鍛え上げられた能力とリセットされた身体能力では嚙み合わない可能性がある。最悪の場合、力の入れすぎで自らの身体が弾け飛ぶという可能性もないとは言えない。


「明日から身体を鍛えるか」


 筋トレやランニングなどあまり好きではないもののせっかくの能力を腐らせるのももったいないと弥勒は考え、運動することを決意する。ちなみに今日からでないのはさすがに異世界から帰ってきばかりなので今日くらいはのんびりしたいという弥勒の願望だ。


 能力の確認が終わった以上、いつまでも木の陰に隠れていてもしょうがないので公園から出る弥勒。このままスーパーに行ってさっさと買い物を済ませて家でゆっくりしようと通りを足早に進む。


 スーパーがある大通りの方に近づいていくと何やら騒ぎが起きているのかざわめきが聞こえてくる。やけに人々が走りながら大通りから逃げ出してきている。大声で騒いでいる人もいるのか普段よりも雑音が大きく聞こえる気がする。


 弥勒は嫌な予感がした。それは自身の能力がこちら側でも使えると分かった時のものと同じ予感だ。弥勒は少し急いで走りで大通りへと向かっていく。何故だか冷汗が止まらない。


「な、なんだこれ……⁉」


 大通りに辿り着くとそこには無残に壊された看板や建物、道路があった。幸い倒れている人などはいないもののちょっとした災害の後のような状況となっている。人々は我先にと大通りから脱出しようとしている。車からもクラクションが頻繁に鳴っており、誰もがこの場から立ち去ろうとしている。


 弥勒はその惨状を眺めて呆然としてしまう。こういった直接的な惨状はあまり異世界では体験してこなかったことだからだ。異世界は基本的に平和な世界で、あくまでも龍神が目覚めるのを防ぐという闘いだったためダンジョンでの戦闘経験は多いが、市街地などで起きる事件には慣れていないのである。しかもソロでの攻略だったために混乱している人々への対応なども全く分からない。


「まずは何が起きてるか確認しないと……!」


 弥勒は人々の流れに逆らうように大通りを進んでいく。倒れている看板の方まで近づくと改めて周りを見渡した。すると通りの反対側にある壊れかけたビルの内部に何か動きのある物体を発見する。


 すると弥勒の視線に合わせるようにガラガラガラ、と瓦礫がビルから落ちてきては姿を現した。


 人型をしながらも白い陶磁器のような身体。一見すると呪いの藁人形のようなフォルムをしている。その背中と思わしき場所からは光の翼が生えており、頭には光輪が浮かんでいる。身体の表面には幾何学的な模様が描かれいる。


「まさか天使か⁉」


 弥勒はその物体に見覚えがあった。それは前世でやっていたとあるゲームに出てくる敵キャラの名前。「天使」と呼ばれる人類の敵。世界と文明を滅ぼそうとする神の使徒。


「なんで天使がこの世界にいるんだ……。い、いやまさか……」


 天使の存在に気付いたことで弥勒はとある可能性に思い至る。それは弥勒にとって最も恐ろしい事実。その可能性を思わず口にしようとしたその時。


「そこの人、今すぐ逃げて!!」


 自身の背後から聞こえた声に反射的に振り返る。視線のその先には少女がいた。一目でただの少女ではないと分かる。なぜなら彼女は信号機の上に立っていたからだ。


「祈りの力は明日への希望! メリーガーネット!」


 まるで自身の胸を抱くようなポーズを取った少女はそう叫んでから信号機から飛び降りる。10mほどある高さから飛び降りても何事もないことかのように地面に着地する少女。その格好は現代の地球には似つかわしくない姿であった。


 年齢は弥勒と同じ15歳ほどであろうか。やや濃いめの桃色の髪をツインテールにしており、その髪は膝に届くかというほど長い。黒とガーネットの色を中心としたフリフリの衣装。黒く艶のある手袋に、胸元に光る柘榴石ガーネット。スカートも上に合わせるように膨らみのあるスカート。


「ワタシがそいつが押さえるから、あなたは今すぐ逃げて!」


 こちらを心配して再びそう叫ぶ少女。その顔は整っており、薄く施されたメイクが少女と女性と間のバランスをうまく表現している。大きな瞳は赤く輝いており、頬はやや紅潮している。それは天使と相対しているからか、あるいは一般人がここにいることの危険性を感じているからなのか。


 そんな彼女の姿を見た日本人なら誰もがこう言うだろう。





 魔法少女―――――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る