第5話 再び聖女として活動していきます

「やはりそういう気分にはなれないか……?」

「いえ、むしろビックリしていて……。私をこの国で聖女として使ってくださるのですか!?」

「むろんだ。むしろ、こちらから頼みたいくらいだ」


 横でアメリがおめでとうと言わんばかりの表情をしてくれた。


「ひとつお願いがございます」

「言ってみたまえ。できる限りのことは叶えよう」

「アメリも、この国の一員に迎え入れていただけませんか?」


 私がそう提案すると、ジオン殿下が真っ先に表情が変化した。

 とてもわかりやすい満面の笑みといった感じに。


「願ったり叶ったりだ。兄上、当然許可を」

「うぅむ……」


 なぜかクラフト陛下の表情が微妙になっていた。

 どうしてここでそんな顔になってしまうのか疑問だった。


「ジオンよ……、アメリ殿を迎え入れたからと言って、国務を疎かにするようなことはしないでもらいたい」

「う……、大丈夫です。努力するんで!!」


 ジオン殿下がアタフタしながら答える。

 それを見ていたアメリの顔が赤らめてきた。

 ここでようやく、二人の関係性が理解できたのだ。


「イデアよ、他に頼みはないのか?」

「はい、今のところは。あ……大変言いにくいことではありますが……」

「構わぬよ。言ってみたまえ」

「年俸ですが、金貨一枚はいただけるのでしょうか?」

「は!?」


 しまった……。

 やはり怒らせてしまったようだ。

 今の私に取っては年俸は生きていくための命綱。

 こんなこと聞きたくはなかったが、仕事をしていく上では確認が絶対に必要だったのだ……。


「なにをふざけたことを言っているのだ?」

「そうですよね……。申し訳ありません」


 金貨一枚あれば民衆の初勤務から半年分くらいの対価である。

 それがブラークメリル王国では私の年俸だった。


「イデアの実力をまだ見たわけではないが、噂通りの実力者ならば、たかが金貨一枚を報酬にするわけがないだろう!!」

「はい!?」

「少なすぎると言っているのだ。ギャグのつもりか?」


 そもそも私は聖女っていくらくらいの対価なのかがわかっていない。

 比べる相手もいなければ、他国の聖女の情報など全く入ってこなかったからである。


 ただ、クラフト陛下の慌てっぷりの態度を見る感じだと、年俸で金貨一枚は相場として合わないのだということだけはよくわかった。

 つまり、ブラークメリル王国の前国王陛下の時点から、経費削減は始まっていたのだろう。

 それがロブリー陛下になったことで、より激しくなったということか。


「いえ、金貨一枚あれば一年生きていけますから……、安心しました」

「もしかして、イデアは今まで年俸金貨一枚であの国全体の加護をたった一人で……?」

「そうですが」

「「ありえん!!」」


 二人のイケメンが声を揃えてそう叫んだ。

 むしろ怒鳴っているが正しい。

 私もアメリも、経費削減のために散々な思いをしてきたが、やはり比べる部分がなかったため、これが当たり前なのだと思っていたのだ。


「報酬の件はイデアが想定しているよりはマシだから心配する必要はあるまい。アメリも御者の仕事をこちらから提供することにしよう」

「ありがとうございます! 私も、馬の餌代さえいただければ文句はございません!」

「二人とも遠慮しすぎだ。いや、そのように洗脳させられてしまったのだろうな……」


 私とアメリで顔を見合わす。

 どうやらブラークメリル王国での常識は捨てた方がいいのかもしれない。


「早速だが、イデアの力を見せていただけるか?」

「あ、はい……。もちろんですが……」


 そう言った瞬間、私の我慢がピークを迎えてしまったようだ。

 アメリも移民ができて安心したというのもあるかもしれない。


 やはり、一週間もの間、雑草と木のみだけでは体力が保たなかったのだ。私は皆が見ている中で意識を失ってしまった。



 意識を取り戻したら、視界に入ってきたのは見知らぬ天井だ。

 ゆっくりと横を向くと、クラフト陛下がいた。


「気が付いたのか!?」

「う……ここは……?」


 起き上がろうとしたが、思うように身体が動かない。

 クラフト陛下は私の方を向き、何故かものすごく驚いているようだ。

 だが、口調は冷静だった。


「……王宮内の病室だ。目が覚めたことをひとまず感謝しよう。だが、まだ無理しないほうがいい。栄養失調と激しい疲労が原因のようだからな!」

「疲労……?」


 栄養失調には、やや心当たりがある。

 だが、疲労に関してはよくわからない。

 むしろ、社畜から解放されたばかりだし疲労のしようがないし。


「色々と言いたいこともあるが、ひとまず目覚めたことを医師に告げてこよう。おとなしく横になったまま待っているのだ」

「はい……ありがとうございます。あの……私どれほどの間ここで寝てしまったのでしょう?」

「三日だ」

「…………」


 三日間のサボり……。

 つまりこの後三日間分以上のお仕事(聖なる力の解放)が待っている。

 社畜どころの話ではなく、不眠不休レベルだ。


 ブラークメリル王国では、私一人で結界を作っていたため、一日でも祈らなければ翌日何倍ものエネルギーを放出する羽目になっていた。

 聖女として働くことになった以上、生きていくためには割り切って覚悟するしかないだろう。


 と、そう思いながらベッドに横たわると……。


「そうそう……、アメリの供述も聞いているため先に言っておくが……」

「はい?」

「我が国に聖女は七人いる。三日間休んだ程度で、イデアが責任をかぶる必要など全くない」


 ニコリと微笑みながら、優しい瞳を向けられた。


「大丈夫だから今は安心して休みたまえ」


 そう言い残してクラフト陛下は病室から出ていった。


 私はまだユメの中にいるんじゃないだろうか。

 私に重くのしかかっていた仕事への圧を、全て吹き飛ばしてくれたかのような言葉。

 こんなにも優しい言葉を述べられ、安心という感覚を思い出せたような気がした。


 しばらくベッドで横になって目を瞑っていると、複数の足音が聞こえてきた。

 クラフト陛下が医師を連れてきてくださったのだろう。


「待たせた」

「ほう、顔色に生気が戻られていますな」


 医師が私の顔色を見ながら、ニコやかに微笑んだ。


「しかし……、よくもまぁこの短期間でここまで回復できましたな。聖女の力が影響しているのでしょうか。目が覚めたこと自体が奇跡としか言いようがありませぬ」

「私、そんなに酷かったのですか?」

「本来ならば植物状態のまま命を落としていたでしょう……。それほどに身体への負荷があったのですよ」

「食事が摂れていなかったからですか……?」

「いえ。それも原因の一部ではあります。ですが、最低限の栄養は摂れているような診察の結果でした」


 雑草や木のみは、なるべく栄養価が高そうなものだけを選んで食べていた。

 もしも露頭に迷ったらサバイバル生活ができるよう、本で生き抜く知識を学習しておいてよかった。


「それよりも問題だったのは慢性的な疲労でしょう。それも長年過密なスケジュールをこなしていたか、睡眠もろくに取れないような環境がずっと続いていたのか……」


 この医師は、患者のことを何でも見抜いてしまうらしい。

 優秀な医師だということはすぐにわかった。

 と、なるとこの先私の状態がどうなるのかを聞きたくなるものである。


「あの……」

「先生よ、イデアの病気は治るのか!? いや、あらゆる手段を使ってでも治してもらいたい!」


 私が訪ねる前にクラフト陛下が真剣な表情で聞いてくれた。


「しばらく栄養をしっかりと摂ってもらい、十分な休養をとれば回復できるでしょう」

「そうか……」

「ただ連れのアメリさんが仰っていたように、社畜生活を余儀なくされていたというのであれば、その苦しかった感覚を取り除くことが重要になってくるかもしれませんね」

「働く……つまり私の場合は聖なる力の放出に手を抜けということですか?」

「違いますよ。働くときはしっかり働きますが、休むときは休めということです。要は常に無理はしないこと。疲れたら休むことを心がけるようにすれば」


 今まで教育されてきたことと全く真逆のことを言われて、ポカンとした感覚になってしまう。


 常にフル稼働。

 手を抜いた分は年俸から天引き。

 一瞬でも結界を消すな。

 どうしても休みたければ代わりの聖女を探せ。


 そう育ってきた私にとっては、医師のアドバイスが天使のような発言だった。


「先生もこう言っている。まずは聖女として活動してもらう前に休養と感覚の改善だな。それが今のアメリの仕事だ」

「仕事以外が仕事ですか?」

「そうだ。今のアメリにはわからぬかもしれんが、休んだり息抜きも大事な仕事なのだよ」


 ホワイトラブリー王国の一番偉く権限のあるお方までもが、優しくあたたかい言葉をかけてくださる。


 もしかしたら、私はとんでもなく素晴らしい国へやってきたのかもしれない。


 私の心の中で、なんというかドキドキワクワクするような感情が芽生えはじめていた。

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