第4話 取引の真実

「聖女を我が国に引き取るような話は聞いていない」

「「え!?」」


 第二王子のジオン殿下が不思議そうな表情をしながら頬を掻いていた。

 私とアメリはしばらく放心状態になってしまい、固まってしまう。


「だが、アメリが嘘を言うような者ではないことも知っている。詳しい事情は兄上も交え、王宮内で聞くことにしよう。それに長旅で疲れているだろう? ついてきたまえ」

「あ、ありがとうございます」

「ジオン様、恐れ入ります」


 お礼を言った後、ジオン殿下は馬車に戻り動き出す。

 私たちの乗っている馬車もそれに続き、しばらく進むと王宮の入り口に到着した。


 馬車から降りて、改めてジオン殿下にお辞儀をする。


「疑うような態度ですまない。なにしろ聖女ともあろうお方がいきなり訪問してくるのを信じろと言うのも本来は難しいところでな……」

「お気になさらないでください。突然の訪問になってしまい度々ではありますが申し訳──」

「いや、俺としてはアメリと再会できて嬉しいからむしろ君には感謝している」

「はい?」

「積もる話は後だ。中へ入りたまえ」


 すこぶる早足でジオン殿下が王宮の奥へと進んでいく。

 道中、兵士たちがこちらを見ては深くお辞儀をしてくれるので、私は全員にお辞儀をしていたため所々駆け足で遅れを取り戻す。

 ちょっと動いただけで息がかなり上がってしまっている。

 さすがに雑草や木のみ、キノコだけで食を繋いでいたためか体力が落ちてしまったらしい。

 ちょっと目眩もするが、もう少しがんばれ私!



「……ふむ、では君が聖女イデアとだと……?」


 ジオン殿下がまず国王陛下に簡単に私が取引で買われて来たということを話してくれた。

 私はすぐに深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかります。イデアと申します」

「クラフト=ホワイトラブリーだ。新米だが国王を務めさせてもらっている」


 ジオン殿下も相当な男前だが、クラフト陛下は更にその上をいく。

 一瞬見ただけで魅了させてしまうであろう容姿、整った青色の伸びた髪、私よりも顔一つ分高い高身長、陛下という威厳というよりも、穏やかそうな表情をしたお顔。

 うっかり一目惚れしそうになるほどだった。


「イデアと言ったな。単刀直入に言わせてもらうが、君を取引で買い取った覚えはない」

「そうですか……」


 ロブリー陛下はお金に関しては煩いけれど、人を騙すようなことはしないはずだ。

 しかも、王金貨五十枚の件をやたらと自信満々に語っていた。

 だからこそ、私は困惑している。


「いや、待てよ……。ジオンよ、確か例の魔道具で以前ロブリー殿と対談した時の会話は録音していたよな?」

「はい。ブラークメリル王国の技術士から買い取った魔道具のことですな? 確かに記録したはずです」

「今持っているか?」

「はい、ここに」


 ジオン殿下は胸ポケットから小さな金属のようなものを取り出した。


「ジオンの持っている魔道具はその場の音声を録音したり再生できる優れものでな。ロブリー殿との対談の際に記録しておいたのだよ」

「ブラークメリル王国の技師から買い取ったと聞きましたが」

「あぁ。ブラックメリル王国は技術、産業、どれをとっても素晴らしい国だからな。我が国も体制さえ整えば……おっと、少々静かにしててもらいたい」


 クラフト陛下の宣言で全員が無言になり、魔道具から音声が流れてきた。


 ロブリー陛下とクラフト陛下の声がその場にいるかのように聞こえてくる。

 こんな凄い魔道具がブラークメリル王国に存在していたなんて、私は初めて知った。


 確かこホワイトラブリー王国で対談した時期がロブリーが国王になったばかりのころだったはず。

 クラフト陛下も同時期に国王に就任したようで、お互いに国の政策や方針について話し合っているようだ。


『……であるからに、我が国では今後はあらゆる面で節約、経費削減を行っていく所存です』

『あまり無理のなさらぬよう……』

『他国では皆聖女に金を使うようですが、我が国では聖女に対して無駄な出費は行わないつもりでしてね』

『正気です? 貴国の聖女はたった一人で国全体に結界を張るという噂を聞いたことがありますがな……』

『はっはっは、無駄な出費ですよ。欲しいなら買い取って欲しいくらいですよ』

『一人で国全体の結界ともなると、不謹慎ながら例えばですが王金貨三十枚でも喉から手が出そうなほど需要があるでしょうな』

『な!? ならば王金貨五十枚でも買うと!?』

『まぁ、そうでしょうな……。ただ、人間を売買という──』

『ではそういうことでよろしく頼みます』

『…………?』

『確認ですが、王金貨五十枚でいいのですな?』

『まぁ、取引という意味ならば……ただ何回もいいますが人間を売買──』

『あざます!!』


 音声を聞いていて、私は大きくため息を吐いた。

 アメリも物凄く気まずそうな顔をしている。


「つまり、ロブリー殿は我が国がイデアを王金貨五十枚で買い取ると誤解したと……。なにも知らずにイデアは国外追放のようなことをされてしまったというわけか……」

「兄上。他国のこととは言え、さすがにこれは酷すぎかと!」


「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」


 私はクラフト陛下とジオン殿下に対して深々と頭を下げた。

 続けてアメリも一緒になって頭を下げてくれる。


「顔を上げたまえ。君たちには何の責任もあるまい……」

「そもそも兄上が人身売買などするわけがない!! あの国王は会った時から気に食わなかったが、まさかこんなに人の話を聞けない愚かな者だったとは……」


 私はそれを聞いて安心した。

 ホワイトラブリー王国で生きていくにしても、お金で私を買うような国ではまた社畜のような生活が待っているんじゃないかと考えていたからだ。

 だが、そもそもの誤解であるから、完全な無職になっちゃったわけだけど……。


 さて、ホワイトラブリー王国で私とアメリの移民を許可してもらえるように頼まなきゃ。

 と、口を開こうかと思っていた矢先、先行してクラフト陛下がとんでもない提案をしてきたのだった。


「イデアが良ければの話だが……、この国で聖女として活動する気はないかね?」

「へ!?」


 願ってもない提案をしてくださり、ついいつもの変な声が出てしまった。

 しかも大きめの声で……。

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