case 3 失った男 6 「視線」

 そう言えば、このところ妙な視線がする。

警察に協力してもらい、ゴミを漁ったあの日。

なんの痕跡も見つけられず、意気消沈した俺はトボトボと家路についた。

その帰り道の事だ。人混みに紛れていたので顔はよく見えなかったが、少し先の方、ちょうど路地裏に通じる曲がり角に、スーツを着た男が隠れるようにして入っていくのを見た。

後ろの方からも何か視線を感じ振り返ると、おそらく別の人だろう。やはりスーツを着た男が裏路地へそそくさと入っていった。


 あいつらに違いない。デパートで彼女をさらい、殺害した小綺麗な男達。あいつらが俺を見張っているんだ。


 翌日から、通退勤時や休憩中、やがて仕事中も視線を感じるようになった。俺は外を歩く時には身を隠すようにし、休憩中には気づいているんだぞと、大声で威嚇をすることもあった。


 そんな日々にうんざりして来たある夜。

俺が寝ていると、部屋の中に電話のベルが鳴り響く。俺は眠い目をこすりながら受話器を取り耳に当てた。


「はいもしもし。こんな夜中にどなたです……。」


言い終わるや否や、受話器から知らない声が聞こえた。


「誰だっていい。お前はあの現場を目撃した。だから命はないものと思え。俺たちはずっとお前を見ているぞ。どんな時もだ。それと、この事を警察言っても無駄だ。奴らはグルだからな。話はそれだけだ。残りの人生、せいぜい気をつけるがいい。」


 声が出なかったのは起き抜けだったからと言う理由だけではない。警察がグル。なるほど、だからあの時何も見つからなかったのだろう。いや、見つかってはいたが、見て見ぬふりをしたのだ。それに、こっちの方が衝撃だった。命が狙われているだと。この俺の。命が。寝耳に水でなくとも、そんな事を言われたら誰だって絶句するだろう。まるで夢を見ているかのようだ。

 夢か。そうだ、これは夢に違いない。もう一度寝れば起きて何事もなかったかのように明日が来るだろう。そう思いすぐに布団に潜り、俺は寝入った。


 だが現実は甘くはなく、その日も一日数々の視線に耐え、帰宅し、布団に入る。眠りにつきどのくらい経ったのだろうか、また深夜に電話がかかって来た。あの、誰ともわからぬ人物からの、命を狙っていると言う電話が。

日に日に電話の本数が増え、俺は睡眠不足に悩まされながらも会社にはちゃんと出ていた。元々俺の業績は良くなく、ろくな仕事も振られぬようになっていたため会社への影響はさほど気にするほどでもなかったようだ。

しかし、ぼんやりとしている俺を見かねてか、課長から声をかけられた。


「君。最近以前にも増してぼんやりしているようだが何かあったのか。」


「いえ、いや、ええ、あの、それはちょっと課長の耳に入れるまでもないと言うかですね。」


「歯切れの悪い奴だな。まあいい。あまり無理はするなよ。疲労で倒れられても困る。どうしてもと言う時は相談して休みなさい。」


申し出はありがたいが、とてもじゃ無いが休んでなどいられない。会社なら人目も多く、奴らも手が出しにくいだろう。それに本当のことを言って課長や同僚に知られたら、奴らに伝わりみんなの命まで狙われるかもしれない。黙っておくにこしたことはない。


「いえ、すみません。大丈夫です。仕事に集中します。」


「あまり無理はしないように。台風も接近していることだ。通退勤は気をつけるんだぞ。」



 台風か。ふん、そんなもの気にするもんか。俺の心の中はもうずいぶん前から大きな嵐が吹き荒れているんだ。

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