case 3 失った男 4 「動悸」

 それは前置きや前兆などなく、突然やってきた。


 相変わらず、俺は仕事で上司には叱られ、同僚には陰口を叩かれていたが、いよいよ式の日取りなんかを詰めようと約束をしていたため、さほど苦にはならず意気揚々とデパートに向かっていた。


 その日もいつものように、彼女が待っている階へと向かっていく。いつものように階段をのぼり、いつもの待ち合わせ場所が見えてくると、いつもとは違う光景が目に入った。複数人の小綺麗な男が彼女を取り囲んでいたのだ。ちょうど曲がり角で俺は死角になっており、向こうからは見えないのだろう。男たちは俺が見ているのもおかまいなしな様子で彼女に何か話している。俺は足がすくみ、死角から出ることは出来なかった。


「やめて、離して。」


彼女の怯えた声がする。


「うるさい喚くな、黙ってろ。おい、そっちを持て。」


そう言いながら男たちのうちの一人が彼女の口をガムテープか何かで塞いだのだろう。彼女の声がしなくなった。


「ああ、早く終わらせよう。」


「いくぞ、せーの。」


「よし、こっちだ。」


 男たちは奥の方へと彼女を連れて行ってしまった。

情けない。俺はなんて情けないんだ。

この時俺は、愛する彼女が連れ去られるのを、ただ呆然と眺めるだけで、何もできず見送ってしまった。

 数分が経過し、俺は我に返る。

が、時すでに遅く彼女がどこへ行ったのかはまるで検討がつかない。やはり連れていくのなら外で、表から堂々とは出ないだろうと予想した俺は裏口に回る。見当をつけて裏口を見つけると、少し奥に見たくもない、その事実を信じたくない物をみつけ目眩がした。黒いゴミ袋だ。

ゴミ袋からは人の手足のような物が飛び出している。


 裏切って欲しい予想だった。

いや、それを上回る事実に、俺の心臓は激しく打ち付け、呼吸も浅くなり、喉の奥をヒリヒリとさせた。視界は揺らぎ、脳がその役割を拒否する。

 重い現実を脳が受け入れ始め、俺は反射的に通報すべく電話を探しにその場から飛び跳ねるように駆けだした。

 畜生。こんな時携帯電話さえあれば。

友達もたくさんはおらず、仕事や家族とのやりとりは家の電話があれば十分だからいらないと思い、今まで持っていなかったが彼女が出来た時に持つべきだった。後悔先に立たず。その言葉がこれほど身に染みることはそうないだろうと痛感していたが、今となってはどうしようもない。


 数十分が経過し、ようやく電話を見つけ、警察に通報した。落ち着いて話すよう心がけたが、気が動転しており冷静にとはいかなかった。しかし支離滅裂にはならず、真に迫った気配を察知したのか、警察は来てくれることになった。


 さすが警察だ。数分もたたぬうちに、けたたましいサイレンの音と共にもう来てくれた。駆けつけた警察を案内する。心強さを実感しつつその場所へと急ぐ。と、その時何か大きな車とすれ違った。

嫌な予感がする。そこへ向かう俺の足は自然と早くなる。

 そこに到着した俺は、こう言うのがやっとだった。


「そ、そんな……。」


彼女の遺体は、忽然と姿を消していた。


 警察が、辺りを一通り捜査し終え俺に話しかけてくる。その顔は見るからにいぶかしげであり、どこかめんどくさそうだった。


「本当にバラバラの遺体なんてあったんですか。何も見当たりませんが。」


 何を言っている。当たり前だ。さっきは確かにあったのだ。触ってはいないがしばらくの間凝視していたから目にはっきりと焼き付いている。必死に説明している俺を見る目が、だんだんと不審者を見るような目つきへと変わっていくのがわかった。


「そうは言ってもねぇ。血痕はおろか、体液などの痕跡さえも検出されない。夢でも見たのでは……。」


「何を言う。俺は確かに見たんだ。大事な人が殺されたんだぞ。それを夢だなんて、それでもあんたは血が通った人間か。」


興奮気味の俺に警察はめんどくさそうに対応する。


「そうは言われてもねぇ。実際に何もないんだから。」


その時俺はハッとした。


「そうだ。さっきここに来た時に大きな車とすれ違ったでしょう。あれが証拠隠滅のためにどこかに持って行ったに違いない。」


警察はやれやれといった表情で、


「すれ違った車と言えば、ごみ収集車か。まあ、無駄とは思うが一応収集所に行って聞いてみようか。」


「ありがとうございます。」


 俺はパトカーに同乗させてもらい、ここいらのゴミが集まるゴミ収集所に同行することになった。

 

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