case 3 失った男 3 「妄想」
どこまで話したっけ。
そうそう。俺の告白に、彼女が応えてくれた所までだな。
あの頃は楽しかったなあ。年間行事がいっぺんに来たようなウキウキとした気持ちで幸せだった。
そして俺たちは色んなところに出かける様になる。水族館、サーカス、スポーツ観戦、遊園地。あちこちを遊び回り、そのたびに愛を囁きあったっけ。
もっとも、仕事帰りにいつものデパートで会うことの方が多かったが。
それでも俺たちは十分であり、満足であり、愛情の衰えることは無かった。
合えば会うほど、言葉を交わせば交わすほどお互いの愛情は積み上がり、山となって俺たちに雪崩れのように襲いかかり、愛情で埋もれてしまっていたのだ。
だから当然と言えば当然だろう。
俺たちが結婚し、幸せに暮らしているという妄想が、自然と湧き上がり、いつか現実になれば良いなと思うようになってしまうのは。
プロポーズでさえ、妄想の中で何度も何度もしているため、詰まらずにいえるようにさえなっていたのだ。
そんなだからかな。
俺たちが付き合いだしてもうずいぶんと時間が経ったある日。
忘れもしないあの日。
夕陽が綺麗で、波の音は優しくも力強く、俺の背中を押してくれるようだった。
二人は無言で夕陽に染まる水平線を眺めていたが、言葉は無くともそこに、確かに愛が通じ合っているのを肌で、心で感じ取ることができている。
だから俺の口からは、自然と言葉が溢れ出た。
「結婚しよう。お互いがお互いを支え合って、笑い合って、時には喧嘩もするかもしれないけど、いろんなものを乗り越えて幸せになろう。」
「え……。」
彼女は目を大きく見開き固まっている。
しまった、早まったかな。そうだよな。いきなり結婚だなんて。それも指輪だとか、豪華なディナーとかは何も用意しておらず、ムードもへったくれもないんだから。
でも一度行ったことを訂正するなんて男がすたる。
「俺は君がいれば、ずっと幸せでいられるんだ。」
大きく見開いた彼女の目に、うっすら涙が浮かんできた。
「ごめんなさい、言葉に詰まっちゃって。嬉しいわ。もちろん返事はオーケーよ。私もあなたと一緒なら幸せなの。よろしくお願いします。」
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします。」
幸福に包まれるというのはこういう事なんだろうな。
あの日は人生でも一番の、他に味わったことのない幸せを噛み締めた。
その翌日から、式を挙げるのはいつ頃がいいか、やっぱり六月か、でも式場が空いてる時期の方がいいんじゃないかとか、いや、式は上げずに入籍だけにするかとか色々話し合っていた。
全てが円満に進んでいて、それは永遠に続くものだと思い込むようにし、信じて疑わないようにしていた。
しかし本当の所、少しだけ違和感を覚えていたが些細な事だと、気のせいだと言い聞かせて何事もないよう振る舞っていた。
俺は、俺たちは婚約したんだ。そう思うと些末な違和感などどこかへ消えてしまった。
何度目かのデートと、何度目かの結婚についての話し合いをし、月日は過ぎていく。
そして、ある日。
あの日の事も鮮明に覚えている。
いや、こうなった原因の日だから忘れたくても忘れられない。
そう。やっと叶った婚約が、まるで存在しなかったかのように、消えてしまった。
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