case 3 失った男 2 「進行」
公園で待ち合わせの日。
約束の時間の十分ほど前に公園に到着すると、俺は辺りをのんびりと眺める。
季節の花が色とりどりに咲き誇り、ムードのある公園を演出している様だ。空は青く、雲は白い。これなら、二人で穏やかに休日を過ごすにはうってつけではないか。
この前帰りがけに買ったあれやこれやを身に纏い、彼女を待つ。
似合っているだろうか、派手すぎやしないか、そもそも、平凡たる俺ににあっているのだろうか。彼女と一緒に歩いて、不釣り合いや、周りの人から好奇の目を向けられやしないか、髪型や服装は変では無いかとソワソワしていると声をかけてくる人があった。
果たして、彼女が現れた。
いつもと変わらぬ服装で。
それを見た途端、自分だけオシャレをしている事がとても恥ずかしく思えた。
「やあ、今日も相変わらず綺麗だね。」
「あなたはいつもと違って何だか無理をしているように見えるけど、似合っていて素敵だわ。」
「そりゃ、いつものデパートじゃなく、いつもと違う公園だもの。それにいつもは仕事帰りだからスーツを着ているけど、今日はよそ行きの服にしたんだ。」
しまった、少し嫌味っぽかったかな。
「そうなんだ。私のためにオシャレしてくれたのね。ごめんなさいね。私もいつもと違う服装にしたいところだったけど、よそ行きの、とっときの服がこれしかないの。」
それを聞いてハッとした。
「じゃあ、俺のためにいつもオシャレをしていてくれてたのかい。」
彼女は照れているのを隠すかのように悪戯っぽく笑うと、
「そういう事になるわね。」
「なあんだ。いつもと同じ服装だったから手抜きをされたのかと思ったよ。いや、その服装も素敵だけどさ。」
「あら、服装ってそんなに大事かしら。私はそうは思わないわ。大事なのって、あなたと今日という日を、あなたと一緒の時間をどういう気持ちで過ごすかじゃないかな。」
そう言われてガツンと衝撃を喰らった。目から鱗だ。
恥ずかしく思った自分が恥ずかしく思えた。
「ごめんよ、君によく見られたくて着飾ったりしたのに、君はいつもと同じだったからちょっとガックリきちゃって。でもそうだね、確かに言う通りだ。見た目なんか関係ない。楽しくいられたらそれでいいんだ。ごめんよ、許してくれるかい。」
「もちろんよ。わかってくれた様で嬉しいわ。それに許すも何も嫌な気分にさえなっていないもわ。さあ、行きましょう。」
「ありがとう。」
こうして俺たちは公園を思いっきり楽しんだ。
公園にある小さなカフェでランチしたり、花畑を眺めながら散歩したり、海辺の砂浜に落書きをしたり。
夕方頃。ついにその瞬間が訪れた。
うっとりする様な表情で、夕日を眺めている彼女に声をかける。
なんて切り出そうか、もしダメだったらもう会えなくなるのかな、それは寂しいし辛いなあ。
しかし、何も言わなければ何も始まらない。
終わりもしないけど。
一応告白のセリフは用意していたんだが、あれこれ迷っているうちに頭が真っ白になり、その時の気持ちのまま、口が動くままに告げたんだと思う。
緊張しすぎて覚えていないのだ。
でもここからはちゃんと覚えている。彼女は俺の告白を聞いてこう答えた。
「嬉しいわ。私もあなたのことが大好きなの。それも、もうずいぶん前から。気づいてると思うけど。あの時話しかけられて、とても嬉しくて天にも登る心地だったのを昨日の様に思い出せるわ。」
「じゃ、じゃあ答えは……。」
唾を飲み込む感触が喉に響く。
暴れ馬の様に脈打つ鼓動は、目の前を揺らめかせる。
一秒が、一瞬が、永遠に思えた。
「もちろん、はい、よ。よろしくお願いしますね。」
今後、おそらく滅多なことが無いと、あの時ほど大きな声は出ないだろう。
あまり派手に喜びすぎたのか、周りからは好奇の目を向けられているが、そんな事は気にしない。
こんなにも美人で、優しくて、誠実で、賞賛の言葉は枚挙にいとまがないほどの女性と、平々凡々で普遍的な俺が、まさか恋人同士になれるだなんて。
これが夢なら覚めないで欲しいと、あの時は切に願った。
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