第11話 友人の死
病院の暗い待合室で、私はうつむいていた。
黒く長い髪を流すように下へ垂らし、ひとことも発しないまま、薄汚れたクリーム色の床を魂が抜けたように見つめる。
そのときの私は、わざと自分の心をからっぽにしていたのだと思う。
中学でただ一人の友人が、目の前で車にはねられた。
人をはねてしまい、
頭から血を流して横たわる咲を前に、私はいままで出したことのないくらい大きな声で、119番をかけていた。
早く……早く、きて! 友だちが――
私の友だちが、死んじゃう――!
私の前には、同じように沈んだ顔を床へ向けながら肩をふるわせる、咲の両親がいた。
生死の
私も――
さっきまで普通に話していた友人が、別れ際、大きな車にはじき飛ばされた、その光景を思い出すたび、私の胸は締まるように痛み、無残な記憶の映像をかき消すのに精いっぱいだった。
どれほどの時間が経っただろう。
ただ、友人が助かってほしい。それだけを願っていた。
だけど――
集中治療室のドアが開き、中から現れた執刀医の表情をみつけたとたん、嫌な予感が胸をかけめぐった。
咲の両親が医師のもとへかけよる。不安の色が濃い二人の顔つきに、医師はそっとまぶたを伏せた。
――残念ながら。
死の宣告となるその言葉を聞いた瞬間、父親は立ち尽くし、母親は泣き崩れた。
まだ中学生の娘が、交通事故で――。
そんな光景を、私は少し後ろから、ぼうぜんとながめるしかなかった。
からっぽだった心に、これまでの友人の記憶が思い起こされる。
笑った顔、楽しそうな顔、困った顔。
いつも私を気にかけてくれる、私の大切な友人。
――咲。
友人の名前をひとことだけつぶやいてみた。それが私の胸に固く締めていた心の蛇口を開く合図だった。
両のほおに、いつのまにか涙が流れていた。戸惑う私はそれを止めようとしたけど、あとからあとからそれはあふれ、リノリウムの床に
私は人生で初めて、心から泣いた。一人の人間の命が失われたことに。ただひとりの友人の命が、あまりにあっさり消えてしまったことに。
やみこ「――っていうことになるかもしれないからダメ」
咲「やみこ………………。そういうの、想像力の無駄づかいっていうんだよ……」
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