5 想いを告げる時

 彼女の兄たちは、すこし離れた場所で海を眺めていた。

 泳げる時期ではないので、だいぶ客足が途絶えている。


「あの時は、力になってやれなくてごめん」

「ううん」

 彼女はそんなこと望んでいなかった。

 だから謝る必要はない。

 それでも、あの時もっと自分が頑張っていれば違う未来があったんではないかと思ってしまう。

「お兄さんたちは、なぜここに?」

 ゆっくり話せばいいと、彼女の兄は言った。

 それはこの先、話すことが出来ないかもしれないと言う意味にも取れる。だから聞きたいことを一つづつ聞いてみようと思ったのだ。


「えっと、あの一緒に居た子が連絡してくれたらしいの」

「そうか」

 あの子は佳奈の兄弟の連絡先まで知っているかと思うと、仲の良さがうかがえた半面、羨ましい気持ちにもなる。

 自分は佳奈のことを何も知らないのだ。


 何も知らなくても人は人を好きになる。

 好きとは理屈じゃない。


 自分にそう言い聞かせてみるものの、友人とのあまりの違いに自信を失いそうになる。

「今度ね、兄と一緒に暮らすことになるの」

 一人暮らしをしていた佳奈。

 以前の住所は引き払っていたようだが、実家に戻ったのだろうか?

 それとも別なところで一人暮らしを続けていたのだろうか?


 だが彼女の浮かれた声音は、どちらかと言うと不安から解放されたという気持ちを醸し出している。恐らく後者なのだろうと思った。

「兄妹は仲が良いのか?」

 兄と弟が迎えに来たということは、聞くまでもないのだと思う。

「うん、仲は良いよ。ちょっと色々あって家を飛び出したんだけれどね」

と彼女。


 色々と言うのがとても気になったが、踏み込むべきではないと判断した。

 その判断は正しかったのだろうか?


「あのさ。佳奈」

「うん?」

「俺、佳奈のことが好きだった。ずっと」

 知ってたと思うけれどと付け加えると、

「わたしも好きだったよ」

と彼女は笑う。

 もしかしたらやり直せるのかもしれないと思った。


 あの日の自分。

 今までの自分。

 全てが報われるかも知れないと。

 今度こそ佳奈と恋愛が出来るんじゃないかと思ったのだ。


「それでその……。やり直さないか? 最初から全部! 今度は頑張るからさ」

 勢いをつけすぎたのか、彼女は驚いたように目を見開く。

「もっと互いを知って、それでさ」

 

 男は挿入。

 女は上書き。


 どうして違うのか、考えたことくらいはある。

 けれど、愛想を向けられたら自分に好意があると勘違いするのが男というものだ。それはじきっと、自分も同じ。


「ごめんね。わたしにとっては過去なの」

「友達からでも無理なのか?」

 どうしてすがってしまうのだろう。

「好きな人がいるの。ずっと苦しくて、逃げていたけれど」


──佳奈の好きな人。


「もう、会うのはやめよう」

 彼女ははっきりとした拒絶の言葉を述べると、

「あの頃に戻れたらよかったのにね」

とぽつりと言った。

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