4 哉太の目に映るもの

 追っても無駄だと言われたが、佳奈を諦めることはできなかった。

 自分はまだ、伝えたいことがある。それを伝えることなく終わることなんて出来ない。またチャンスを失い、一生後悔するなんて御免だ。


 足に自信はないが、彼女が友人を置き去りに電車に乗り込むとは考えつらかった。走るには適さない砂浜を急ぎながら、彼女の姿を探しあたりを見渡す。あの時もこんな風に必死になれたなら、何か違ったかもしれない。

 必死になられるのが怖いと言われても、自分にあるのはこの真剣さだけ。


 時間は戻ることがない。

 きっと彼女の気持ちも戻ることはないだろう。

 叶わなくてもいい、ただあの時の気持ちを伝えたいだけだ。

 例え、自己満足でも。


 そうすれば、何もかもが手遅れだとしても、ここから先に進める気がした。

 だから、もう一度だけチャンスを。


「佳奈!」

 やっと見つけだした彼女は、見知らぬ男性と一緒にいた。

 また絡まれて困っているのだろうと思ったが、相手はスーツ姿で何処となく佳奈と同じ空気を持っているように感じる。

 先に哉太に気づいたのは、その男性のほうであった。黒に限りなく近い灰色の上下のスーツ。ネクタイが柄物でなければ、葬式の帰りではないかと思えてしまう色合い。黒のストレートの髪に、不機嫌そうな表情。

 端正な顔立ちが一層、存在感を醸し出している。

 どう考えても、観光客で賑わう浜辺には不釣り合いであった。


 もしかしたら、刑事かも知れないとも思う。

 佳奈はストーカー被害を受けていたのだから。


「あなた、お姉ちゃんの何?」

 佳奈がこちらに気づき、声をあげる前に背後から声がした。

「お姉ちゃん?」

 不思議そうに反芻して振り返ると、茶髪にスラリとした体形をしベージュのチノパンにワインレッドのパーカーを着た若い男性が立っている。

 彼は佳奈が走って来たと思われる方向を、ポケットに両手を入れて眺めていた。

「雛本佳奈は、俺の姉だけど」

と、彼。

 佳奈に兄弟がいたとは初耳である。自分は彼女のことを何も知らなかったのだなと感じた。

 彼が視線をゆっくりと浜辺から哉太に移す。

 佳奈の傍にいる男性も整った顔をしているとは思ったが、彼はその上を行く。そして佳奈に少し似ている。


「君は弟」

「そう。あなたは?」

 優し気なその声は、佳奈の好きなアーティストのボーカルと同じような声質。

「俺は……」

「哉太!」

 それを遮ったのは佳奈だった。

 駆け寄ってくる彼女の後を、スーツの男性がゆっくりと追う。

「心配しないで、あの人は兄だから」

 戸惑う哉太にそう告げる、彼女の弟。

 彼女に兄弟がいたことよりも、何故にこのタイミングでここに居るかの方が哉太にとっては不思議でならなかった。

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