7・ひと時の浮上
来ないものと思っていた返事を、何度読み返したかわからない。
もしかしたら解釈違いかもしれないし、自惚れかも知れないと思いながらも、顔がにやけたことを思い出す。
今、再びその手紙を手に取り拡げた。
便せんもきっと詩に合わせたのだろう。
「佳奈……」
そっとその文字に触れる。
達筆ではないが優しく綺麗な文字。
一文字一文字丁寧に書かれた文字を指先でそっと撫でる。自分が彼女に想いを寄せるように、彼女もまた自分のことを思ってくれているのかと考えたら、発狂しそうだった。
冷静さを失うくらい、嬉しかったのだ。
だが、自分と彼女では価値観が違い過ぎだ。哉太はノートパソコンを閉じると手紙と共にカバンにしまう。
時計に目を向けると二十二時を回っていた。
これから一人きりの部屋に帰る。
────自分はずっと、来もしない彼女をここで待っている。
馬鹿だな。でも、もう一度会って謝りたいんだ。
哉太は鍵をかけサークルの活動場として借りている部屋を後にした。
ここから自宅までは電車で一駅。
駅前のコンビニで酒を買って帰るのが日課だ。スーツのジャケットを羽織ると、彼女に言われた言葉が蘇る。
『リーマンってカッコいいよねえ』
彼女はスーツ姿の男性が好きらしく、
『こう、ネクタイを緩める仕草と、袖を捲る仕草が好きなのッ』
と熱の籠った瞳を哉太に向けた。
『メガネは?』
『嫌い』
哉太の問いに即答する佳奈に、意外だなと感じたことを覚えてる。
『何故?』
『一志がかけてるから』
彼女の恋人に眼鏡の印象はなかったが、普段はコンタクトらしい。
『メガネかけてると頭良さそうに見えるっていうけど?』
『一志を見てホントにそう思う?』
『それは……まあ』
ムッとする彼女に哉太は肩を竦めた。
『それに、前に健康番組で言ってたし。目からの情報が多い方が情報処理量は多いって。視野が狭くなるから、目がいい人の方が頭がいいらしいよ』
彼女の言葉からは、知識よりもよっぽど彼氏のことが嫌いなんだなと言う感想を持ったものだ。
予定通り、コンビニで買い物をし電車へ乗り込む。
サークルの部屋から帰宅するときは、いつだって彼女の思い出に浸っていた。自分にとってあの日々は夢のようで、忘れてしまえば現実に起こったことではないと思ってしまいそうになる。
電車の扉に寄り掛かり、線路沿いに立ち並ぶ飲み屋街に目を向けた。
人々が楽し気に店の外で笑い合っている。
自分は心から笑えなくなってから、どれくらい経ったろうか。彼女の幻影を追いかけるのは、もう止めないとと思いながらも変わらないままだ。
「いつか、抜け出せるのかな……」
哉太は誰にともなく呟いたのだった。
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