6・世界が色づいた日

 自分にとって、ロマンチックは異世界だ。

 真面目な堅物でぶっきらぼう。

 そんな自分に、佳奈はある日突然やってきて自分が見ることはないと思っていた世界を見せた。

 この恋はただの恋じゃない。心の底から哉太を熱くさせた。


 それは他人からすれば、男によく見られがちな”可哀想な子を守りたい”という心理と言われてしまうだろう。

 だが佳奈は他人に頼ろうとするような弱い子ではない。

 それなのに、真に助けを必要としているように感じた。


 このままでは、彼女は単なる恋人の奴隷だ。

 とっつきにくそうな雰囲気を持つ哉太に、臆することなく声をかけてくれた彼女は、自分にとって特別な存在になっていた。

 過去の恋から立ち直ろうとする気持ちにさせてくれたのも佳奈だ。

 たかが喧嘩くらいで、気まずくなりたくない。

 それだけではない。


────もう、話しかけてさえ、くれなくなるかもしれない。


 当時の気持ちが蘇り、哉太は拳を握りしめた。

 どうして自分は一度手にしたチャンスを、手放してしまったのだろう?


”必死過ぎて怖いんだ”


 それはだいぶ後に佳奈の友人から聞いた言葉である。

 必死で何が悪いと思ったこともあったが、その友人から佳奈と恋人の間にあったことを聞いて納得した。


”わたし、哉太のことホントに好きだったよ”


 佳奈と喧嘩したまま会わなくなって、一年も過ぎたころに聞いた話だ。佳奈の友人は今更だけどと前置きをし、当時の佳奈のことを話してくれたのだ。


”でも、出逢った頃のままでいて欲しかった”


 夢中になったことはそんなにいけないことだったのだろうか。

 しかし、手紙を出したことで彼女の本音に気づいたのも事実だ。

 それまで、

「クールな人ってカッコいいよね」

と佳奈が自分に向けた言葉を、単なる社交辞令のように思っていたから。

 手紙を出して以降は、

「文学的な人って、ロマンチック」

といって彼女は目を細めた。


────悩んで悩んで気持ちを詩にしたことは、間違いではなかった。


 何も、ロマンチックを狙ってそうしたわけではない。

 彼女の恋人は歴史文学は好きだが、文系ではないと教えてくれたから。


 ならば、暗号のように詩にすれば、仮に見られても内容を悟られないのではないかと考えたからだ。

 互いに詩を送りあうことが、趣味の一環だと思わせたならこっちのものと思ったから。

 彼女は聡明な女性だ、きっとその想いを組んでくれるに違いない。


 ただ、正直なところ返事が来るとは思っていなかった。


────返事を貰った時、世界は輝いて見えたんだ。


 なんて美しい詩を紡ぐ人なのだろうと思った。

 彼女は読書が好きで文系へ進んだと言っていた。

 文字数、言葉の言い回し、言葉にしていない含ませ、まるで芸術のように感じたことを覚えている。

 彼女となら、楽しい毎日が送れるだろうと思っていた。お洒落な喫茶店で、本について語り合う二人を思い浮かべ、悪くないと思ったものだ。


────なのに、どうしてこの手を放してしまったのだろう。


 哉太は自分の両手を見つめる。

 無力で、弱い自分の両手を。

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