5・彼女への手紙


 古風だと思われるかもしれないが、手紙にしたのは理由がある。


 機械的な文字は整っているし、読みやすい。

 そして簡単に修正が利く。

 けれども手軽なものは、所詮手軽でしかない。

 開けずに破棄してしまえば、それで終わりだ。


 だが、直筆には温かみがある。選ぶ便せんにも人柄が出るし、間違えたから簡単に直すと言う事も出来ない。

 忘れてしまった文字は調べながら、間違えたなら一から書き直すことにもなるだろう。


 その為、何を書くか思案してから書く。

 何度も読み返し、おかしな部分はないか、正しく解釈してもらえるかなどを深く考える必要も出てくる。時間も気遣いも必要となるのだ。


 会って相手の目を見て話すのが一番とは言うが、冷静になれないこともある。衝動的に暴言を吐いてしまうことも。

 手紙ならば一方的ではあるが、少なくとも冷静でいられる。相手だってわざわざ暴言を送り付けてくるとは思わないであろう。

 時代はIT社会だ。


────あの日のことは忘れない。


 書きたいことも、伝えたいことも沢山あったが、”好き”のたった二文字が書けないでいた。

 気恥ずかしいという気持ちもあるが、振られるのが分かっているのに直接的な言葉にするのが怖かったのだ。


 それに彼女の恋人は彼女にストーカーのように纏わりつき、監視している。もし、彼女より先に手紙を見つけてしまったら、中身を確認されてしまうかもしれない。

 そうなったら彼女にサークルを辞めろと迫るだろう。

 哉太は最悪の事態は避けたかった。


 そこで、彼女が言っていたことを思い出す。彼女の恋人について知る数少ない情報を。


『え? 一志?』

 話をするときは、数人が同じ卓に居ることが多い。

 そうでなくても。昼間や休日に部屋に二人きりというのは、稀だった。

 同じ卓でも、それぞれが好き勝手おしゃべりをする。

 何かの取り決めでもない限り、みんなでおしゃべりをするというのはしないものだ。


『アイツのことなんて聞いて楽しいの?』

 佳奈は周りに彼氏のことを知られたくないと言うよりは、単純に彼のことを思い出すのが嫌と見える。

『趣味が似てたと言っていたから』

『ふうん』

 佳奈は無糖コーヒーが並々と注がれた大きめのカップを両手で持ち、口元へ持っていく。嫌そうな顔をしながら。

 眠れないと言いながら、彼女は無糖コーヒーを好んだ。

 ”香りはモカが好きだけど、酸味より苦み系が好きなんだよね”と言いながら。

 サークルに居るときは一日中コーヒーを飲んでいる。一度は、”そんなに飲むと脱水症状になっても知らないからな”と注意したこともあるくらいだ。

 あの時、彼女はなんと返事をしただろうか。


────そうだ。

”哉太も好きでしょ”

と、言って悪戯っぽく笑ったんだ。


 あの時自分は、もっと彼女の笑顔を見ていたいって思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る