4・喧嘩の原因

『だって、有希さんって哉太のこと好きでしょ?』


 何を言っているんだと思った。

 もし有希が自分を好きだとしたら、振られたりなんてしなかったはず。

 何を根拠にそんなことを言うのだろう?


『哉太も有希さんのこと好きじゃない』


 彼女の言葉に深く心が抉られた気がした。

 いくら何でもあんまりじゃないか。

 好きな相手に、以前好きだった相手への気持ちを暴かれた上に、傷口に塩を塗る真似をするなんて。


 暴言だとわかっていながら、感情を止めることが出来なかった。

 どうして自分は器の小さい人間なのだろうか。

 だから、どちらも手に入れられなかったのだろうか。


「下衆の勘繰りは止めろ」

 彼女はしばし黙った。

「有希には振られているし、アイツは彼氏と喧嘩するたび俺のところへ来るだけだ」

 彼女にはその言葉が不自然だったに違いない。

 でなければ、反論なんてしなかったはずだ。


『振った男のところなんて普通いかないよね? 自分に気持ち留めて置きたいからじゃないの?』

 彼女の言う事は一理あるかもしれないが、それはあくまでも世間一般。

 自分たちには当てはまらない。まるで有希を愚弄されているように感じてしまった。

「有希は友人だ」

 何処まで行っても平行線。

 折れることの出来ない馬鹿な自分。


────そうだ、俺は馬鹿だ。なんであんなこと……。


「ヤキモチか?」

『は?』

 そりゃそうだ。一方的に想いを寄せているのはこちらなのに、自惚れたことなんていうから。

『何故ヤキモチなんて妬く必要があるの?』

 最もな返答だ。

 不愉快だというような声音に、自尊心が砕かれるような感覚。自分はどうかしていたんだ。

『とにかく、わたしはいかないから。二人で遊んでなさいよ』

 何故そこまで彼女の怒りを買ったのかもわからないまま、通話は終了する。


────今なら少しだけわかる気がするんだ。


 佳奈よりも有希を大切にしていることが見え見えなのに、本当のことを言えば怒り出す始末。佳奈に選んでもらえなくても、当然なんだよ。


 冷静になった自分はとても反省したし、後悔もした。

 これが原因で佳奈がサークルを辞めてしまったら? と考えると気が気じゃない。

 彼女にとってサークルは、趣味を満喫する場所という単純なものではない。雁字搦めに束縛する恋人から逃れ、ひと時の自由を手にできる場所だったに違いない。だからこそ、頻繁に誘ったのだ。


────俺は彼女を助けたかったのではないか?


 一番の目的を失いそうになっていた。

 それだけは避けなければならない。

 ならばどうする?


 哉太は自分の彼女への気持ちを認めざるを得ないと考えていた。

 単に言い合いになったことを謝罪したところで、以前のようには戻れはしない。

 哉太は机の引き出しを開ける。

 今でも彼女とやり取りをした手紙が、そこには大事そうにしまわれていた。あの数日間の全てが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る