1・結ばれてはならない彼


────彼と出逢った日のことは今でも忘れない。


 月並みだけれど、理想がそこに立っていた。

 ただ、その時は恋ではなくて。

 とっきにくい彼と表面上でも、仲良くできたらそれで良いと思っていたんだ。


 佳奈かなは、窓辺に腰かけ月を見上げる。

 綺麗とはいいがたい空に雲の切れ間から時々顔を出す月を。


 それはまるで、彼と自分の関係のように感じた。彼はぶっきらぼうで強引な人だった。

 同じグループに所属したのはただの偶然。当時自分には恋人がいて、彼との付き合いに疲れを感じていた。

 その彼とは運命的な再会を果たしたが、すでに彼に対する熱は冷めていたのだった。付き合いたがる彼を上手くかわすことが出来ず、仕方なく交際をOKした形となったのである。


────互いの友人に相談するも、解決はせず。


 別れさせてやると言われたこともあったが、ややこしいことになるので自分で解決するしかなかった。

 ダラダラと好きでもない彼と一緒に居る日々。それは地獄でしかなかった。

 どうすれば抜け出せるのだろうか?

 考えても考えても答えは見つからない。


 冷たくすればするほど、相手は熱を上げ別れ辛くなっていった。

 そんなうんざりする日々の中で出逢った、理想の人。


────見ているだけで良かったのに。


 想いを隠し、ただ見ているだけでよかった。

 仲の良い友人の一人で良かったのに。

 どうして私達は惹かれ合ってしまったのだろう?


 もし、あなたの気持ちが変わらなければ、友達のままでいられたのに。

 酷い言葉で傷つけることもなかった。

『たまにで良いから、二人きりで逢いたい』

 それは言ってはいけない言葉だよ。


 佳奈は当時のことを思い出し頭を抱えた。

 それが分岐点だったのだ。

 好きでいることは心にさえ留めておけば、許されるだろう。けれどどんなに好きでなくても、恋人を裏切る行為はしてはいけない。


────あの日、二人きりで逢ったのは間違いだった。


 たった一度の思い出を作って、終わりにするつもりだったのに。

 あの日、あなたがくれた手紙には解り辛い詩が書いてあった。何度も何度も読み返し、様々な解釈の中から導き出した答えから返事を書いたのだ。


 あの日の返歌を正確に思い出すことは出来ないが、

『あなたから手紙が届くたび、わたしの心はかき乱され、想いを口にしてしまいそうです』

という意味合いのものだった。


────どうしてあなたは、読み解いてしまったのだろう。


 あなたからの返歌を見て、愕然とした。

 叶ってはいけない想い。

 あなたはわたし同様何度も読み返し、きっとこういう意味合いなのだろうという気持ちで返事をくれたのだ。

『自分も同じ想いです』

と。


 そこで終わってしまえたなら、互いの心に残るのは綺麗で儚い思い出だったに違いない。

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