2・恋人と彼


 たった一度きりの、海岸デート。あなたは自分のことについて沢山話をしてくれた。あなたが抱えるコンプレックスのことを。

 クールだけれど、時々見せる優しさと真っ直ぐに問題と向き合う姿勢が好きだった。

 けれど恋は、人を狂わせる。

「たまにでいいから、二人きりで逢いたい」

「わたしには恋人がいるの。あなたも知ってるでしょう?」

「黙っていれば分からないよ」

 わたしたちは価値観が違い過ぎた。


────あなたが好き。


 でもそれは、今向き合うべき問題を解決してからでないと進めない道だ。


 佳奈は、彼と平行線を辿ったあの日々を思い出し深いため息をついた。

 好きなら一緒に居るべきだと考える彼に対し、どんなに相手に気持ちがなくても裏切り行為は行ってはならないと考える、佳奈。

 佳奈は彼の容姿や性格、言動は好きであったが価値観の不一致だけは許せなかった。


「どうして両想いなのに、ダメなんだよ」


 男と女は所詮解りあえない。

 佳奈はそんな考えの持ち主であったが、それとは別にいくら説明しても、彼は納得してくれなかった。


「俺が別れさせてやる」


 普通の相手ならそれでも良かったのかもしれないが、恋人はどちらかというとストーカー気質で疑い深い男だった。

 そのくせ女に対し思わせぶりな態度をとり、トラブルが絶えない。とてつもない、面倒な男だ。

 もし彼が恋人に余計なことを言えば更に佳奈へ執着し、面倒なことになるのは目に見えていた。


「自分でなんとかするから、余計なことしないで」


 それが佳奈の精一杯だったのだ。

 予想通り彼は佳奈の恋人に恨みを抱き、彼の佳奈への好意に気づいた恋人が彼の悪口を言い始めた。

 恋人は佳奈と同じグループに所属していたからだ。初めは楽しみにしていた手紙も恨み言でいっぱいになり、佳奈は見るのも嫌になっていく。

 だが、それでも強い想いをぶつけてくる彼を嫌いにはなれなかった。


「あいつ、佳奈のこと好きだよな」


 恋人はますます佳奈を束縛し、彼と他の友人を交えてすら逢うことが不可能となっていく。


 そんな折、

”佳奈がアイツから酷いことされているなら、俺がなんとかしてやるから。すぐ、俺を呼べ”

という勘違いと思い込みによるメッセージが届く。

 佳奈はうんざりし始めていた。

 どうして愛はこんなにも重いのだろう?


────違う、わたしがあなたをこんな風にしてしまったのだ。


 純粋な彼と、不純な恋人。

 思わせぶりな態度ばかりとって、女性の心を弄び、

『俺はモテる』

と豪語する恋人を阿保だと思い始めていた。

 しかしそれは自分にまったく興味を持たない佳奈を、振り向かせるための策だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る