第3話 社長一柱、社員一人

 神によって経営される、迷宮企画会社。


 アリーナが召喚された世界では、各地に多種多様な迷宮が存在しているという。

 迷宮にはそれぞれ担当の神がいて、社長となり社員の天使たちと日夜迷宮探索する「冒険者」ウケする迷宮について思索をめぐらせ工夫を凝らしながら拡張工事を続けているとのこと。

 詳しくは、翌日改めて事務室を訪れたヘルムートが得々と講義してくれた。


「神が迷宮を作るにあたって必要なのは、何をおいてもまずマーケティングだ。大体の場所を決めたら現地調査をし、その国の気候や風習、発展度合いなどを確認しておく。そこから、迷宮でドロップするアイテムの開発をする。たとえば、旱魃被害で常時水不足の土地であれば『水が出てくる壺』なんかが良いかもね。冒険者にとって、危険な迷宮探索をしてでも手に入れたい、魅力的な品物であること。ただし、難易度やドロップ率は慎重に決める。そういったアイテムがあまりに手に入りやすければ、文明の発展度合いが想定を上回る、あるいは下回るなどして、極端な影響が出るかもしれない。それは、神の挙動としてあまりよろしくない。干渉しすぎだ」


 事務室の応接セットで向かい合って、アリーナは真剣にメモを取りながら耳を傾けていた。

 話の切れ目で、すかさず質問。


「迷宮に挑戦すると、人間にとって便利なアイテムが手に入るということですね。ただし、それはいわば神の宝具なので簡単には渡せない。そのため、迷宮を複雑にして攻略しにくくするとともに、モンスターを放ったりトラップを仕掛けたりして人間側にもリスクを負わせる……という。その企画発案を、迷宮の奥に置かれた会社で担当の神と天使が行っている」


「その通りだ。人間の中でも鍛え抜かれた一部の者しか迷宮攻略に挑むことはできない。そして、どの迷宮にも共通する、神側のルールがある。それは『決して、最奥まで到達されてはならない』だ。最奥……、つまり、この迷宮においてはいま私たちがいるこの事務室だね。ここまで人間が来てしまったら、会社は倒産だ」


「倒産するとどうなるんですか?」


 アリーナの問いかけに対し、ヘルムートはにこり、と微笑んだ。


「神が迷宮造成を通じて人間界に干渉しているという事実は、決して人間に知られてはならない。会社を見られるというのは即ち、『世界の秘密』を人間に知られるということ。知ってしまった人間の記憶は、社長神が責任をもって完全に消去する。この魔法には莫大な神通力を必要とするため、社長神及び迷宮はその場で消滅する。よって会社は倒産、解散となるわけだ。何も残らない」


 語るヘルムートが笑顔なだけに、告げられた内容の怖さがじわじわと身にしみてくる。

 ちらりと、この迷宮の社長神であるラインハルトの様子を窺う。

 社員である天使たちに次々とやめられ現在この会社には社長一柱のみということだが、ラインハルトはどこを吹く風といった様子。だらりと腕を組んで自分の机に向かって座り、目を閉ざして居眠り真っ最中。

 アリーナは、ヘルムートに向き直った。


「この迷宮企画会社は、いま現在倒産の危機に直面しているという認識でよろしいでしょうか」


 途端、ヘルムートは自分の膝をぴしゃりと叩いて「その通り!」と楽しげな声を上げた。


「ラインハルトくんにやる気が全くなくて、迷宮はいまにも冒険者に踏破される寸前……、と言いたいところなんだけど。なんと、やる気がなさすぎてろくなアイテムすら考案しないものだから、この迷宮は冒険者からして『攻略する価値もない』認定を受けている。よほどの変わり者しか挑戦してこない」


 ほっ、とアリーナは胸をなでおろした。


(ということは、踏破されて社長ごと会社が消滅する危険性自体は無いのね)


 そのアリーナの考えを見透かしたように、ヘルムートが付け足して言う。


「しかし、迷宮の人気がなくて冒険者を集められないというのは、神にとってペナルティ案件だ。そもそも神の力の源は、人間の信仰心。ひとが集まらない迷宮の神は、つまり信者が少ないということ。祈りを得られない神の力は限りなく弱く弱くなっていく。弱い神は求心力は失い、天使も寄り付かない。迷宮造成にまわす力もなければ、アイテム開発もできず、モンスターの召喚もおぼつかなくなる。迷宮企画は暗礁に乗り上げ、攻略だけは容易になり、いつか物珍しさから訪れた人間にあっさり踏破されてしまうことだろう。それがね、いまこのラインハルトくんが直面している危機の内容だよ」


 ずん、と肩に倦怠感のような重みを感じつつ、アリーナは「よくわかりました」と言葉少なに答えた。

 言うことを残らず言い終えたヘルムートは、機嫌良さそうにソファから立ち上がる。


「そこで急遽私が最後のチャンスとして、彼のために異世界から君を喚んだんだ、アリーナ嬢。帰る手段は私も追々考えておくが、その間社長と仲良くこの会社をり立ててくれ。頼んだよ。君は、えーと……」


 見送りのために同時にソファから立ち上がっていたアリーナは、ヘルムートをまっすぐに見上げて言った。


「元の世界では魔法使いとして生計をたてていました。簡単な魔法しか使えませんが、この世界でも私はそのままの形で魔法を使えるみたいなので、会社には魔法で貢献していきたいと考えています」


 満足そうに頷いたヘルムートは「頼んだよ」と言って、前日と同じように光り輝きながら消えていった。



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