第4話 現物支給

 魔法使い。


 ヘルムートとラインハルトにはそう告げたアリーナであるが、実情は薄ら寒い限り。下級も下級で、身に付いているのは日常的に使う生活魔法に色を付けた程度。

 それというのも、物心付いた頃にすでに親は亡く、魔法学院に通うなど夢のまた夢の孤児。十二歳で養護院から貴族のお屋敷に下働きとして引き取られ、最低限の教育として教わった魔法が使えるというだけなのだ。

 それでも、十六歳になって偶然街場の魔道具工房に転職する機会があり、人生がこれから上向きになるかと期待もしたが……


(エリートだらけの環境で、それまでよりさらに「下級魔法が使えるだけ」が見下される原因になって……。毎日がとてもつらかった。どこか別の世界へ行けたらと願うことはあったけれど、まさかそんなことが自分の身に起きるだなんて、考えたこともなかったのに)


 突然の異世界召喚。

 ヘルムートが消えた後、まごつくアリーナさておき、ラインハルトはさっさと事務室の隣に生活用の部屋を拡張して作ってくれた。さらには「当面必要そうなアイテムもドロップしたから、適当に使ってくれ。喚んだ側の責任だし、俺は迷宮の神だ」と気怠げに言っていたが、部屋を開けたアリーナは目を瞠ることになった。


 天蓋付きの瀟洒なベッドに、こぢんまりとしつつも洒落たタイルで飾られたマントルピースの暖炉。木製のチェストやパッチワークの置かれた揺り椅子、ライティングデスクなどアリーナにとっては見たこともないような家具が上品に配置されていた。


「これはどこかのお城の、お姫様のお部屋ですか?」


 驚いて事務室に引き返し、ちょうど向かいのドアから自分の生活部屋に向かおうとしていたラインハルトを捕まえて尋ねる。

 ラインハルトは、実直そうな口ぶりで「迷宮の最奥で、君が使うための部屋だ」と答えた。

 その上で、「好きに使っていいから」と追い立てられて部屋に戻り、緊張しながらクローゼットを確認すると、一通りの衣類も揃っていた。それこそ、まっさらの新品で、アリーナがこれまで袖を通したこともないような可愛らしいワンピースが何着も並んでいたのだ。下着や靴下、帽子や靴も一通り。


(信じられない……。まだ働いてもいないのに、この会社、とんでもない現物支給を……!)


 がくがくと震えながら、複雑な文様の絨毯を擦り切れた靴下で踏みしめ、花柄のカーテンのかかった窓に近づく。

 外の景色を見てみよう、とカーテンを開く。

 壁。


「あっ、そっか。迷宮の中だから……」


 外に景色は無いのだと知り、カーテンを閉ざす。

 それから、恐る恐るベッドに近づき、そっと腰を下ろした。

 しばらく呆然としてから「現物支給を受け取ってしまった以上、働く以外に道はない」と自分に言い聞かせる。

 現実感はなかったが、妙に晴れ晴れとした前向きな気持ではあった。


 その後事務室に呼ばれ、ラインハルトが「アイテムとしてドロップ」した人間向けの食事を二人で粛々と食べた。バスケットいっぱいのパンや干し肉、果物や焼き菓子で、アリーナにはこれまたとんでもなく贅沢な代物だった。


「神様も食事なさるんですね」


 アリーナが声をかけると、ラインハルトは「普段は食べなくても平気だけど、俺はもともと人間だから、たまには……」とぼそぼそと言う。

 その少ない情報から、ラインハルトが自分を歓迎してくれているとアリーナは推測をした。自惚うぬぼれかもしれないので「私のために」と声に出して礼を言うことまではできなかったが、心の中は感謝の気持ちでいっぱいだった。

 


 こうして、仕事に対して意欲を燃やした状態で迎えた翌日、ヘルムートから受けた説明はかなりの難題山積みに思えた。

 さらに言えば、前日ラインハルトにたくさんの神通力を使わせてしまったことが、生真面目な性格ゆえ負い目にも感じられていた。


(この恩は仕事で返します……! 会社が潰れたり社長が消滅なんて絶対にあってはならないことです!!)


 決意を胸に、アリーナは仕事に着手することとなる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る