第2話 夢からの目覚め
意識が浮上する。
自分の呼吸が催眠波の様に耳を
また意識が沈んでしまいそう。
「ねぇねぇ、この子起きそうだよ」
「お、本当か?」
誰か、知らない声が聞こえる。
起きようとする意識を、
頭痛の予兆がジクジクと邪魔をする。
あと、あともう少しだけ…、
…知らない声?
「っ!?」
「あ、起きた」
「い”、っ…」
「ありゃ、頭痛いの?だいじょぶ?」
飛び起きてから一拍置いて鳴る頭痛。
宙を舞うような独特なイントネーションが綺麗に部屋に響く。
この天使の声が大きくなくて助かった。
「は、はい…大丈夫です」
本当はまだ少し痛いけど。
眉間に皺を寄せ、瞼を薄く開く。
ボヤけた視界に写っていたのは…部屋?
床も壁もサラリとした石造り。
大きく開いた窓のような穴。
そこから差し込む暖かそうな
自分の下半身を包む布団は何というか…
恐ろしい程に
部屋をくるりと見回す。
どうやら、この部屋には僕を入れて7人もの天使がいるようだった。
普通の家庭のリビング位の広さはあるものの、
先程からまじまじと僕の顔を見ていた銀髪の天使は、僕の頭痛の心配など
「おはよぉ、まだ眠い?」
間延びした声が部屋に広がる。
艶やかに垂れる横髪と短く跳ねた後ろ髪。
にこりと笑った無邪気な顔もまた、何かを惹きつける魔性と言って相違ない。
「あの…ここは…」
「あーそれは大丈夫。一時的な記憶障害だし、じきに思い出すよ」
次に口を開いたのは紫髪の天使。
大きく跳ねた前髪と前に流したまとめ髪が特徴的だ。そして顔は、美形、と言って後腐れないと言えるような、目が類を見ない程綺麗な色だ。まるで玉のよう。声がサラサラとして、語尾がわざととも思えるほど激烈な甘さ。
少し気がひける程度に顔を眺めてしまい、手元に視線を落とす。すると、次の瞬間、もっと近くにその顔が、
「ちょっとしつれ〜い…」
「っ!?」
「…う〜ん…熱はなさそうだな」
そしていつの間に置かれた頰の手がパッと離される。
「あ、ごめんね。顔がちょっと赤かったから」
「いえ…大丈夫です」
びっくりした。美形の顔面は心臓に悪い。この人には、何だか、どきっ、としてしまう美しさがある。多分誰であっても僕と同じような反応をするのだろう。そのにかりと笑う顔が、何だか幼く見えてしまうのも魅力とさえ思う。
「どーお?もう記憶は戻ったかなぁ?」
「…はい、思い出しました」
「おぉ!よかったぁ」
るんるん、と言った様子でにっこりと目を細める銀色の天使。
そう。僕はもう思い出していた。ここは、中心部から離れた、遥か東にある塔。市場も学校も何も無いくらいの。そうだ、僕は、今日からこの塔で生活するんだ。
東塔に所属する
「えっと…ここにいる全員、塔天使なんですか?」
「うん!そうだよぉ!みーんな君の仲間!」
「僕の仲間…」
ここで出会う仲間はきっと一生モノになる。
そして恐らく、一生の中で最後の仲間。
「まあとりあえずは自己紹介からだな」
紫髪の天使がこれまた惚れ易い笑顔で言う。
天使は恋をしないのにも関わらず、ハッキリとそう言えてしまうのがこの天使の怖いところかもしれない。
「俺はクィバル。見ての通り紫の天使。クィバルって言いにくいだろ?好きに変えたり、自由に呼んでいいからな」
「はーい!ボクはエイアル!
珍しいかもだけど銀色だよー!宜しくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
この世界は10の力で成っている。
光の元の金。
それを構成する赤、青、緑。
そこから派生した紫、黄、茶、白、黒、銀。
派生が主となる今、
金色の天使は殆ど存在していない。
「君は…見た感じ白色の天使、かな?」
「は、はい!」
今日から僕の塔天使の、
白い天使としての生活が始まる。
「フォディアです。白色の天使です。これから、よろしくお願いします!」
新しい物語の、幕開。
「じゃあフォディア君も起きたことだし、早速塔を案内するね!!行くよ!フォディア君!イェラ君!アヴルカ君!!」
「…」
「…はい」
パッ、と後ろを見る。
退屈そうな顔をした赤髪の天使と眠たそうな瞼の青髪の天使が背を壁から離す。
赤髪の天使と目が合う。
パチり、目を逸らされる。
青髪の天使とは目があわない。
2人とも、何だか少し怖そうな雰囲気だ。
くるりと前を向き直した時、
「ちょっとまって」
辿々しい声。叩けば固まる片栗粉の液のような。妖艶でいて平坦な。
「自己紹介、したい……………です」
取ってつけたような敬語。鶴の様に空気が静かになる。
「…っはああぁ………」
静かな部屋に、長く、苛ついた様な溜息が響く。
「………なに、イェラ」
青髪の天使が幾分か下の赤髪に目を伏せる。
眠たげな目元に目が引かれる。
睫毛が長くて、瞬くたびに音が鳴りそうだ。
赤髪の天使は黙ってまま、面倒臭そうに目を逸らす。そして暫くの沈黙。
「おーい、エイアル!!」
「え、なあーにー?」
扉の端からエイアルがひょこりと顔を覗かせる。
「アヴルカが先に自己紹介したいって、俺もそれがいいと思うんだけどどうだ?」
「えー、あーん、そだねえー♪」
この尖りきった空気を全くものともせず、跳ねるようにパタパタと軽い足取りで部屋を回るエイアル。突飛であることは間違いないが、少しずつ翻弄されているような感覚に陥る。クィバルの扱いが上手いのだろうか。
「わかった!そうしよう!!」
「お、それはよかった」
この2人は何というか、予め決められたラジオを聴いているような…そんな感覚がある。
「ってなると、あの子もここに呼ばないとだよねぇ」
「俺、呼んでこようか?」
「クィバル君!行ってきてー!!」
「はーい、行ってきまーす」
みるみる2人で話が纏まり出す。エイアルのテンションに合わせてか、幾分か軽いクィバルの足取りを眺めた。すると、部屋から出る直前、「上手くやれよ?」とでも言う様に、こちらにバッチリウインクを決めるクィバル。キザなのか策士なのか…。そうしてクィバルが出た後は、ビシッと刺されたままの指に注目が集まる。エイアルはその指をくるくると回して引き寄せた。
「じゃあ、今から自己紹介だねぇ!」
その楽しそうに笑う顔が、奇妙に思えるほど程に心の底からで、ずっと笑っていることに僕は小さな恐怖すら感じていた。これは、楽しい行事なのだろうか。
苹果の愛 滴石 @sidukuisi
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