第41話 質問


 ふふっと花澄は笑った。


「大正解! その通り! この子はかつて冴子をかどわかしていたジジイだよ。でも私の力で姿を変えて、すっかり改心したんだ。どう? 素敵でしょう」

「……」


 私はショックのあまり口が利けなかった。


「冴子? どうしたの?」

「あ、あの……」

「うん?」

「あ、あ、あまりに素敵なのでびっくりしただけです……」

「そう。気に入ってもらえて良かった!」


 花澄が喜んでいるの他所に、私は必死で、感情が爆発するのを抑え込もうとしていた。

 お母さんや私のみならず、石野さんまで異形の姿にしてしまうなんて! ひどすぎる!


「おおうあん」

 石野さんがその大きな手で私の肩をぽんと叩いた。

 今なら分かる。あの鳴き声は──「おおうあーん」は、私のことを呼んでいたのだ。「お嬢さーん」って。私もまた異形の姿になっていたけれど、石野さんは私の正体を、勘か何かで分かってくれていたのだ。石野さんが攻撃対象にしていたのだって、ユラユラ人だけだった。それなのに私は怖がって逃げてしまって……。そもそも石野さんがこんな目に遭っているのは全て私のせいなのに。

「石野さん」

 私は震える声で言った。

「ごめんなさい、石野さん」

 石野さんはゆっくりと首を横に振った。

「いいいあいえ」

「え?」

「いい、いあい、え」

 気にしないで、か。私は俯いた。

 花澄に怪しまれないように、無理矢理にでも気持ちの整理をつける。涙が出そうなのをぐっと我慢して、私は顔を上げた。


「花澄。私、今日はもう休むよ」

「分かった。じゃあ部屋まで送るね。……あなたたちはもう解散していいよ」


 花澄は私が祭壇で横になるのを確認すると、私の元を去った。私はようやく一人の時間を手に入れた。

 私は黒い服に顔をうずめて、襲い来る罪悪感と戦いながら、悲嘆に暮れた。

 石野さん、元の姿に戻れるかな。もし戻れなかったら……あの姿でどうやって暮らしていける?


 翌朝、いくらか気持ちが落ち着いた私は、また花澄にお願いをした。

「今日も視察に行きたいんだけど」

「好きだねえ、出かけるの」

「うん。それで、護衛には石野さんをつけてくれないかな」

 花澄は瞬きをした。

「どうして?」

 私は昨晩考えた言い訳を口にした。

「私、昨日まで石野さんから逃げてばっかりで、石野さんのこと傷つけちゃったかなって思ってて。だから仲直りの証拠に、一緒に町をぶらぶらできたらなって、思ったんだけど。駄目?」

「駄目ではない……かな。従者を二人連れて、四人で行くなら、いいよ」

「ありがとう。じゃあ……」

「早速出かけるんでしょう? 分かってるって」

 石野さんとユラユラ人は、すぐに私のいる部屋にやってきた。

「よっこいしょ」

 私は祭壇から降りると、石野さんに笑いかけた。と言っても私の顔は真っ黒な空洞だから、相手には表情が読み取れないのだけれど。

「一緒に出かけましょう。石野さんとは話したいことも色々とあるので」

「うー」

 私たちは、バシャバシャと赤い水を跳ね散らかしながら歩いた。私は昨晩考えておいた質問内容を頭の中で反芻した。

 石野さんとの会話は慎重に行わなくてはならない。花澄は私の心を読むことはできていないようだが、石野さんの心は恐らくどんな遠くにいても読めるはずだ。あまりストレートにものを聞いたら私の企みが筒抜けになってしまう。そもそも、洗脳の度合いによっては、石野さん自ら私のことを花澄に告げ口する危険すらある。

 だから、遠回しに、さりげなく、話をせねばならない。


「石野さん」

 私は歩きながら呼びかけた。

「うー」

 石野さんが返事をする。

「石野さんは、花澄のこと、どう思ってますか?」

「いい、いお」

「いい……良い人だと思ってる?」

「うー」

「ユラユラ人のことは、どうですか? こないだは、殺してたけど、それは良いこと?」

「うー」

 石野さんは左右に首を振った。

「ユラユラ人のことは、殺しちゃ駄目だと思ってるんですね?」

「うー」

 今度は首を縦に振る。

「そっか……うーん」


 花澄のしつけとやらによって、洗脳はかなり進行してしまった模様だ。となると、次に気になるのは、これだ。


「私も花澄のこと良い人だと思ってます。絶対に喧嘩とかしないと思います。でも、もしもの話、私と花澄が喧嘩をしたら、石野さんはどちらの味方をしますか?」

「……」

 石野さんは黙り込んでしまった。しばらくしてから、小声でこう答えた。

「うーあいうう」

「んんん?」

 何と言っているのか分からない。

「すみません、もう一度言っていただいても?」

「うーあい、うう」

 うーあい。花澄のことでも私のことでもない。でも頓珍漢な答えはしていないはず。

「うーあい、うーあい、うーあい……喧嘩に関する言葉で、うーあい……あっ、仲裁? 仲裁するんですか?」

「うー」

「なるほど」

 私は少し希望が見えてきた気がした。これなら、決戦の時に石野さんが即座に敵に回ることはない。こちら側が先手を打てば、石野さんの洗脳を解くことも可能かもしれない。まあそれは祓い屋さんたちに任せる他無いのだが……。

「答えてくれてありがとうございます、石野さん」

「うー」

 石野さんは四つの目を細めた。

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