第38話 墓地
「ここが……お墓」
私は戸惑って、手の触手をうごめかせた。
ユラユラ界のお墓は、私の知っているどのお墓にも似ていない。
まず、それは、赤い池の中にぽつんと鎮座する、灰色の洞窟の中にあった。中は非常に暗かった。もしユラユラ人が背負ったかばんから謎の光る物体を出さなければ、何も見えないところだった。私たちはそろそろと慎重に歩んだ。地面は固くてひんやりしている。この調子では、ご遺体を土に埋めているわけではなさそうだ。それはそうだろう、ユラユラ人も、お母さんも、ソーダの泡のように消滅してしまったのだから、埋めようにも埋められない。
やがて少し開けた場所に出た。そこにはまるで巨大な生物の内臓を取り出して固めたようなグロテスクなオブジェが乱立していた。高さは丁度私の腰くらいで、直径は多分五十センチほど。
天井が低いので、私は背を屈めながら、オブジェたちを見渡した。見れば見るほど気持ちが悪い。不気味なピンク色をした物体が、僅かな光の中でぬらぬらとてかっている。オブジェの中ほどには見たこともない文字が血文字のように刻まれている。
どういう製法で作られているのか見当もつかない。
一通り周囲を見渡した私は、はたと困ってしまった。
お母さんのお墓はどれだろう?
私はユラユラ語が読めないからオブジェを判別できないし、ユラユラ語が話せないから護衛の二人に聞くこともできない。
せっかく来たのにこれではお参りできない。
どうしたものか。
私がおろおろしていると、護衛のユラユラ人たちが勝手に私の前をごにょごにょとオブジェの合間を縫って歩き出した。
「……どこ行くの?」
言っても通じないことは分かっているが、思わず言ってしまった。勝手にどこかへ行かれては困る。あんな人殺しゲジゲジモンスターなんて頼りたくもないが、ユラユラ人の持っている謎の明かりが無いと、私はこの真っ暗闇の中で立ち往生してしまう。仕方なく私は彼らの後を追った。
二匹は洞窟をずんずん進み、ちょうど真ん中らへんにあるオブジェを照らした。そのオブジェはひときわ不気味だった。大小様々な生き物の内臓を大鍋の中でぐちょぐちょに混ぜて盛ってあるかのようだ。大きさも他のものよりやや大きい。
ユラユラ人たちは這いつくばった姿勢のまま、全ての触手をくの字に折り曲げて、お辞儀のような仕草をした。
私は首を傾げた。
わざわざこれの前でだけ礼をするということは、この墓は相当偉い人のものなのだろう。そんな墓の前にわざわざ私を連れてきたということは……多分、これが、私のお母さんのお墓だ。この二匹は私の目的を理解しているのだ。
恐らく出かける前に、花澄がこの二匹に指示したのだろう。私を、お母さんの墓の前まで連れて行くようにと。
人類の敵たる花澄とユラユラ人に助けられるのは、どうにも気に食わない。だがお母さんのことはちゃんと弔いたい。私は複雑な思いを抱えつつ、オブジェの前に足の触手を揃えて正座した。
手の触手を一本ずつ合わせて目を閉じ、冥福を祈る。
厳しかったけれど優しかったお母さん。怪異に襲われて異形と化してしまったお母さん。私との代替わりを強いられて衰弱して亡くなったお母さん。跡形もなく消え去ってしまったお母さん。
(せめて、天国では安らかに)
そう強く願った。
それからは、ぼうっとオブジェを見ていた。お母さんとの思い出は少ない。私が六歳の時にいなくなってしまうまでの僅かな期間しか、共に暮らしていなかった。でもお母さんは、再会したあの時、変わらずに私を愛してくれた。嬉しかったなぁ……。
だがいつまでもそうして懐かしんではいられなかった。
急にユラユラ人たちが、慌てた様子で洞窟の出口の方まで走り出したのだ。
「えっ」
光源が無くなっては大変だ。私は名残惜しくオブジェを振り返りながら立ち上がり、ユラユラ人たちの後を追いかけた。
一体何があったのだろう。ジグザグとオブジェの間を走り抜けながら私は顔をしかめた。ようやくお母さんを弔えたというのに、こんなに慌ただしく去ることになるなんて。
だが、文句を垂れている場合ではなくなった。
誰もいなかったはずの後ろの方で、妙な声がし始めたのだ。
「おおうあーん」
そして、のしのしと何かが近づいてくる足音。
私は一気に鳥肌が立った。
ここには、ユラユラ人すら恐れる何者かが潜んでいたのだ。そいつが何者なのかはさっぱり見当がつかないが、ともかく私たちはそいつに見つかってしまった。
「おおうあーん」
また声がした。赤子の泣き声と猫の鳴き声が混ざったような奇妙な響きだ。聞いていると気分が悪くなるような不快な声である。
私たちはこの声の主に殺されるんじゃないか、と私は危惧した。私は、可能な限り速く手足の触手を動かして逃走した。ユラユラ人たちと一緒に洞窟を出て、そこから全速力で距離を取る。
「おおうあーん」
声の主は洞窟を出てもまだ追ってきている。私は意を決して後ろを振り返り、声の主の姿を見た。
そして、「ひぇっ」と短く悲鳴を上げた。
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