第34話 囮


 私たちは祓い屋本部から車に乗って移動し、私の故郷の町に到着していた。錆びて色褪せたブランコやシーソーがあるひとけのない公園で降ろしてもらい、光川さんと二人きりになる。


「準備は良いですか」

「はい」

「無茶はしないでくださいね。では」


 光川さんは公園を出て行った。私は心臓が高鳴るのを感じながら、一人で落ち着かなく辺りをきょろきょろした。

 しばらく、何も起こらなかった。

 花澄に会うのは正直言って怖かった。でもこれ以上被害を出さないためには、私が勇気を出さねばならない。しゃんとしなければならない。これは私にしかできない役割なのだから。

 スマホの時計が十四時十二分を指しているのを、私はぼんやりと見た。

 まだ来ない。

 来られると怖いが、来られないとそれはそれで困る。二つの相反する思考に挟まれて頭がもやもやする。私は制服のポケットにスマホをしまった。


 その時、後ろからぽんと肩を叩かれた。


「!?」

「冴子ぉ、久しぶりぃ」


 体が硬直して振り返ることができなかったが、花澄の声だとはっきり分かった。


「か、花澄……」


 早くみんな来て欲しい、と私は思った。早く松原花澄を捕まえて欲しい。そして私をこの恐怖から解放して欲しい。

 実際のところ一瞬に過ぎなかったのかも知れないけれど、私にはこの時間が永遠にも長く感じられた。


「木嶋さん、逃げてください!」


 光川さんの声がした。私は震える足で公園の外へ向かおうとした。だが花澄は信じられない速さで私の前に回り込み、私の目を覗き込んだ。


「ひえっ……」


 あの時、石野さんに負わされた傷が、すっかり治っているのが分かった。今の花澄は絶好調だ。

 私は心臓の辺りに手をやった。どうかあの魔除け道具が効きますように……!


 その時、「オン!」とあちこちから声がしたかと思うと、五人ばかりの祓い屋が、隠れていた所から飛び出してきた。光川さんのように呪文や印を使う人もあれば、石野さんのようにおふだを使う人、更には鉄扇のような武器を振りかざす人もいた。

 私は彼らを横目に、離れた場所で私を待っている月宮さんの所まで懸命に走った。恐怖で体がうまく動かせないが、遮二無二駆けた。


「はあ、はあ」

「木嶋さん、ありがとうございます。本当によくやってくれました」

 月宮さんが私をいたわった。

「木嶋さんの勇気には敬意を表したいです。後は祓い屋の彼らに任せましょう。松原花澄を殺すまでは、私が護衛を……」

 月宮さんが言いかけた時、私たちの前に、おふだを体中に貼り付けた花澄が忽然と現れた。


「!?」

 私も月宮さんもぎょっとした。

 まさか花澄は、この一瞬で、五人の包囲網を突破してきたのか。


 月宮さんは私を庇いながら、険しい顔で花澄を睨みつけた。花澄はふるふると体を揺らして、くっついていたおふだをみんな剥がしてしまった。


「くっ……!」


 月宮さんはネックレスについた十字架を右手で持ち上げて、花澄に向かってかざした。そして謎の呪文を唱えた。


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「なあに? うるさいんだけど」

 花澄は思いっきり顔をしかめた。

「ちょっと黙ってて?」

 花澄は腕を軽く一振りした。

 月宮さんの右腕が丸ごと、ぼとりとコンクリートの地面に落ちた。私は悲鳴を上げた。月宮さんは肩を押さえて膝をついた。痛みでまともに呪文を言えないようだ。

 花澄は半笑いで事態を静観している。


「救急車!」

 私はスマホを取り出した。

「……はい、大怪我なんです。すぐ来てください!」

 月宮さんは大きなハンカチを取り出して、肩を縛って止血しようとしている。私はそれを手伝うために、スマホをポケットにしまった。

 その時、何かが指先に触れた。

 突如として電流のように脳裏に蘇ったものがある。


 ──もしもの時は中身を開けるんだ。役に立ってくれるはずだからね。


 石野さんの言葉だ。

 私は慣れない手つきで月宮さんの肩をハンカチでぎゅっと縛ると、ポケットに入れっぱなしにしていた朱色のお守りを取り出した。


「……ああ、そういえばそういうのがあったね。まだ持ってたんだ」

 花澄はおかしそうに言った。

「そんなもので何するつもりなの?」


 私は花澄を無視して、お守りの紐を解いて中身を見た。

 何枚もの和紙が納められていた。そのうち一枚を手に取ると、それは、石野さんが前に使っていたようなおふだだった。


「これ……」


 もしかして私にも使えるのだろうか。


 祓い屋さんたちはおそらく返り討ちにされていて、こちらに助けに来られない。月宮さんも当然動けない。動けるのは多分私一人だけだ。

 作戦では、万一みんなが戦闘不能になった場合のこともちゃんと決めてある。だがそれを実行する前に、私にできることがあったとしたら……。試してみる価値はあると思う。


 私はおふだを持って、花澄と対峙した。

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