第33話 魔除け
私と月宮さんとを乗せて、エレベーターが地下一階まで降りていく。目的地に着くと、月宮さんはさっさと歩き出した。私は物珍しい思いで辺りを見渡しながら後に続いた。
地下一階は広々としていて、静謐だった。空間が大きく二つに分かれていて、片方は大きな机に本や金槌や木材などが置かれた作業場の様な場所、もう片方は天井まで届く黒い棚が整然と並んでいる場所だった。月宮さんは棚のある方へと歩みを進めた。
「
月宮さんは声を張った。周りが静かだったので、その声はびっくりするくらい大きく響いた。
「いらっしゃいますかー? 木嶋冴子さんをお連れしましたよー!」
ややあって、奥の方から「はーい」という声が聞こえてきた。トタトタと足音を立てながら現れたのは、白衣を身につけた四十代くらいの女の人だった。彼女は優しげな瞳で私のことを見た。
「初めまして。中園
「初めまして……木嶋冴子です」
「光川さんにご依頼いただきました道具ができあがりましたんでね、お呼びしたんです。早速こっちへ来てみてくださいな」
中園さんはとある棚の列の間にするすると入って行った。私と月宮さんはそれについて行った。
棚には大きめの引き出しがいくつもついていて、それぞれに番号が振ってあった。中園さんはその内の一つを丁寧に開けた。
中には、直径五センチはどの大きさの銀色のブローチが鎮座していた。中心には、燃え盛る太陽の図があった。
「特注品です。木嶋さんのために型から作って鋳造したんですよ。模様にある太陽は、生命に強い力を与えるもの。きっと木嶋さんの役に立ちます」
「……ありがとうございます」
「さあさあ、着けてみてくださいな。その制服の左胸の辺りにでも」
「はい」
私は中園さんから丁重にブローチを受け取ると、それを装着しようとした。
ところが、裏面に針がない。
「あの、これ、どうやって着けたらいいんでしょう」
「服に裏面をぴったり押し当てるだけでいいよ」
「はあ……」
私は言われた通りにした。
するとどうしたことだろう。ブローチは制服の中にズブズブと沈んでいき、シャツをも通り抜けて、皮膚も通過して、私の体の中に入って行ってしまった。
心臓が妙に温かくなった感覚がした。
「ええっ」
私は狼狽した。
「すっ、すみません、せっかく作ってくださったのに……どうしてこんなことに」
「ああ、それはいいんですよ。そういう仕様ですからね」
「仕様……?」
「それは体の内部に直接くっつくタイプの道具です」
「……そんなものがあるんですか……?」
「私が考案した道具なんですよ」
中園さんはニッと笑った。
「さて、それの効果を説明しましょうか。事前に書いているとは思いますが、簡単に言うと、洗脳の防止と、心を読まれにくくすることです。まあ注文をもらった時は驚きましたし、作るのには結構苦労したんですけど、努力の甲斐あって、かなり良いものができましたよ」
「良いもの……」
「疑ってますか?」
中園さんは笑ったまま言った。
「あ、いえ、決してそういうわけじゃなくて……」
「良いんですよ。こういうのは一般人の方にはなかなかご理解いただけないものですからね。でもね木嶋さん、ブローチが体内に入って体調に異変は無いでしょう?」
私は自分の胸を見下ろした。痛みも無ければ異物感も無い。
「無いです」
「でしょう。ちゃんとブローチが木嶋さんを守っている証拠ですよ」
「はあ……」
「どーんと胸を張って作戦に参加してくださいな」
「はい……。あの、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
私と月宮さんは中園さんに丁寧にお辞儀をして、一旦エレベーターに乗って部屋に戻った。
「作戦の実行は明日十四時だそうです」
月宮さんはスマホを見ながら言った。
「明日……。急ですね」
「早い方が犠牲者も少なくて済みますからね。今日はしっかり眠って明日に備えてください」
「分かりました」
早めにベッドに横になる。緊張でなかなか寝付けなかったので、私は椅子に座って寝ずの番をしている月宮さんに話を振った。
「月宮さん」
「ん? 何ですか?」
「月宮さんはどうして祓い屋になったんですか」
「えっ? ああ、それはですね」
月宮さんは私の方に向き直った。
「四年ほど前、私の姉が怪異に殺されまして」
「えっ……」
「五段階中、第三級の怪異でした。その時に捜査に協力してくださった祓い屋さんに、誘われたんです。君は能力があるから、世のためにそれを使わないか、ってね」
「ああ……」
「まあ、私は世のためとかよりも、復讐心でやってますけどね、この仕事。結構、姉とは仲が良かったんですよ、私。だから怪異なんてものはこの世からなくなればいいと思っています」
「そうだったんですか」
私はシュンとした声を出した。
「デリケートな話をさせてしまってすみません」
「いや、いいんですよ。気にしてませんから」
暗がりでよく分からなかったが、月宮さんは笑ったようだった。
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