第32話 護衛

 車は一旦高速道路に乗り、降りてからもしばらく進んだ。周りは緑豊かな山で囲まれていた。本部というから都市部にあるのかと思っていたが、どうも違うようだ。

 やがて山の中腹にぽつりと白い建物があるのが見えた。

「あれが本部です」

 光川さんは説明した。

「ああ……」

 私は曖昧に相槌を打った。本部が本当に安全なのか疑っていた。

「大丈夫ですよ。何人もの祓い屋が何重にも結界を設けていますから、怪異が近づくことはありません」

 光川さんが補足する。

「そうなんですね」

 私は言ったが、ついさっき、その結界とやらが花澄に容易く破られたのを目にしているので、まだ半信半疑だった。


 車は白い建物の横の駐車場に停車した。

 私は光川さんに連れられてその建物の三階にまで登り、階段の近くにある部屋に通された。

 そこは机や椅子やベッドなどの調度品が整っていて、ちょっとしたホテルのようになっていた。


「魔除け道具の用意ができるまで、ここで護衛の者と過ごすことになります。祓い屋は人手不足なので、失礼ながら昼間は僕が護衛につきます。夜は女性の同僚に代わってもらいます」

「分かりました」

「なるべく部屋から出ないでください。食事は他の者がお持ちします。その他に必用なものがあればお申し付けください」

「はい」


 私はゆっくりと、机の前の椅子に腰掛けた。光川さんは黙ってドア付近の丸椅子に座った。

 外では私のせいで今日も人が死ぬのに、私はのうのうと保護されてここで身の安全を確保している。心が痛む。

 スマホを見ると、今回の犠牲者は頭を潰されていたらしい。詳細は分からなかったが、こんな感じで常に人死にが絶えない。それも近頃は事件現場が全国に拡大しているとか。


 私は気分が悪くなったので、机の上にある幾冊かのファイルを眺めた。中から『第一級怪異 概説』とあるファイルを抜き出して、ぱらぱらとめくった。見たことも聞いたことも無いような怪異についての情報が、五、六件ほど記されている。そして最後の項目には花澄について調べたことがまとめてあった。


 曰く、彼女は度々姿を変えて、何十年もの時を生きてきたらしい。姿を変えると言っても、いつも、その辺にいるような普通の女の子になっていて、その真の姿は誰にも分からない。

 彼女はその何十年もの間に、有害な異界を八個も創造している。祓い屋の職員が命懸けでその異界を滅ぼしても、数年後にはもう新しい異界を創ってしまうという。

 何度でも異界を創造する理由や、人間に害を及ぼす理由は、未だ不明である。本人を討伐できればまた話は違ってくるだろうが、いつも逃げられてしまうので、未だ殺処分には至っていない。

 彼女には世界や怪異を生み出す能力の他に、あらゆる生き物を洗脳したり、変貌させたりする能力を有する。

 彼女の異界では必ず、人間の中から選び抜かれた者が神を務めるが、彼女に見出された者はすぐに異界での生活を受け入れて、怪物のような姿になってゆく。そして寿命が極端に短くなる。この傾向は彼女の創ったどの世界においても共通している。


 私は花澄に関する記述に全て目を通した後、今度は『第一級怪異 詳細』という分厚いファイルに手を伸ばした。花澄に関するページを探し出し、読み耽る。お陰で彼女の持つ能力や過去に起こした事件についてなどの理解は深まった。しかしやはり花澄の行動の動機は分からない。読めば読むほどに謎が深まる。


 いつの間にか時間が経っていたのか、部屋の扉をノックする音が聞こえた。光川さんが相手を確認して、扉を開放する。部屋の中に、スーツを着た背の高い女性が入ってきた。


「こんにちは!」

 彼女は明るく挨拶した。

「今から木嶋さんの護衛を務めます、月宮真奈つきみやまなです! よろしくお願いします!」

 私はファイルを机に置いて立ち上がり、礼をした。

「よろしくお願いします」

「きっちりお守りしますので、安心してください!」

「ありがとうございます」


 それじゃあよろしく、と光川さんは部屋を出て行った。月宮さんは私の元まで歩いてくると、机に置いてあるファイルに目を留めた。

「それ読んでたんですか?」

「はい」

「へえ、真面目なんですね!」

「……少しでも知っておいた方が、怖くなくなるかと思いまして」

「なるほど!」

 月宮さんは感心したように言った。

「まあそのファイルも、そういった怪異に不慣れな方々のために置いてあるんで! 好きに読んでください!」

「はい」


 月宮さんはお喋りが好きなようで、時折私に雑談を振ってきた。物静かな光川さんとは対照的だった。


 そんな風にして、光川さんと月宮さんという護衛が代わる代わる私のそばで座って過ごして、三日が経過した。その間、誰かに襲われるという事態が起こらなかったのは良いことだった。思ったよりこの場所は安全らしい。

 二人とは今度の作戦の打ち合わせを行なった。最初、本部のお偉いさんたちは、一般人を巻き込むか否かで意見が割れていたが、人手不足の状態で第一級の怪異に対して有効な攻撃手段が無いことが決め手となって、光川さんの作戦が採用されていた。


 三日後のある時、月宮さんのスマホがピロリンと通知音を鳴らした。月宮さんはメッセージを確認すると、サッと立ち上がった。

「木嶋さん」

「はい」

「お待たせしました。魔除け道具が完成したようです。今から取りに地下室へ行きましょう」

「……!!」

 私は緊張で心臓が飛び跳ねたような気がした。

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