第31話 作戦
「石野さん!」
「師匠!」
私たちは同時に叫んだ。
「ああ、まずい……!」
光川さんは呟いて、私と扉を交互に見た。
「まずすぎる。でもこれは木嶋さんを一人にするための罠かも……」
光川さんはスマホを取り出して誰かに電話をかけた。
「……ええ、石野牧夫さんが松原花澄に連れ去られました。気配を追ってください。お願いします!」
通話が終わると、光川さんは放心したようにすとんとベッドの横の椅子に座った。
しばらく沈黙が続いた。やがて光川さんは口を開いた。
「結界が破れた以上、より安全な場所に移動しなければ。今から祓い屋本部に行きます」
「本部?」
「そこで僕は、木嶋さんに作戦に参加してもらいたい旨を話すつもりです。よろしいですか」
「あ……はい。それはもちろん」
「……僕は木嶋さんに危険な役目を担わせるつもりでいます。まだ具体的な策は決まってはいませんが……ほぼ確実に、木嶋さんは松原花澄とまた会うことになるでしょう」
「……」
「僕は、生まれ持ったこの力を人助けに使うために、この仕事を始めました。逆に言えば僕は、使えるものなら何でも使って、人助けをする人間です。木嶋さんのことも容赦なく使いたいと考えています。それが嫌なら嫌と、今の内におっしゃってください」
私は瞬きをしてから、俯いた。
「……嫌ではありません。これ以上、花澄による被害を生まないためにも、私は私にできることを精一杯やりたいです」
「……そうですか」
光川さんは溜息をついた。
「木嶋さんは良い人ですね」
「そうでしょうか」
「そうです。そして、純粋で優しい人ほど、怪異に狙われます」
「……そうなんですか」
私は複雑な気持ちになった。
優しいのは結構だけれど、もっとしっかりしなさい、と叔母さんに言われたことがある。しっかりするというのがどういう状態を指すのか未だに分からないけれど、恐らくしっかりした人なら怪異に目をつけられることも少ないのだろう。
私がしっかりしていないせいで、多くの犠牲者が出たんだ。
そう思うと罪の重さに押し潰されそうになる。私の心は、スクラップされてしまったみたいにぐちゃぐちゃになっていた。
「さあ、これからやるべきことを整理しましょう」
光川さんは椅子に座り直した。
「まず、木嶋さんをここから祓い屋の本部に護送します。そこでしばらく僕たち祓い屋が交代で木嶋さんを見張って護衛します。居心地が悪いでしょうが、我慢してください」
「はい」
「僕は本部に連絡を入れて、一番上等な魔除け道具を用意してもらいます。それを身につければ、木嶋さんも洗脳にかかる危険がなくなり、心も読み取られづらくなって、自由に動けるようになるでしょう」
そんな便利な道具があるのか。私は感心した。
「そして、ここから先は作戦次第ですが、木嶋さんには、松原花澄をおびきだすための囮になってもらいます。松原花澄は木嶋さんが無防備に一人で歩いているところを狙うでしょうから、木嶋さんにはわざと隙を作ってもらいたいのです。松原花澄が現れたところで、すぐに僕たち祓い屋が木嶋さんを安全な場所に移し、同時に松原花澄に総攻撃を仕掛けます。これがうまくいけば、木嶋さんが危険な目に遭うのは一瞬です」
「はい」
「もちろんうまくいかなかった場合も想定しなければなりません。具体的な戦法は、他の祓い屋と会ってから相談していきましょう。今は木嶋さんもお疲れでしょうから、迎えの車が到着するまで休んでいてください」
「ありがとうございます」
私は素直に、枕に頭を乗せた。光川さんはまた少し誰かと電話したかと思うと、椅子に座ったまま、難しい顔で何か考え込んでいる。
そのうち、ピロリロリロリンとスマホの着信音が鳴った。光川さんのスマホだ。光川さんは飛びつくようにして電話を取った。
「はい、光川です。……はい。……えっ……ああ……そう、ですか……。分かりました。ありがとうございます」
光川さんはすっかり意気消沈して、暗い顔になっていた。
「どうかなさいましたか」
私は心配して尋ねた。光川さんは沈んだ声音で答えた。
「師匠の……石野さんの気配が、途絶えたようです」
「えっと……? 見失ったんですか?」
「いえ、十中八九、松原花澄から攻撃を受けて殺されたか、洗脳されたかのどちらかでしょう」
「そんな……」
私の心は冷え冷えとした絶望で満たされた。光川さんもショックから立ち直れない様子だった。
私たちは黙って座っていた。私は私のせいで犠牲になった人々を思い浮かべた。人目を憚らずわんわん泣き出したい気分になってきた。涙が出そうなのをぐっと堪える。
やがて、車が到着したとの知らせが入った。私は、診察を受けてから退院の許可をもらい、病院代を祓い屋の経費で払ってもらって、待っていた車に光川さんと乗り込んだ。
黒い車は、祓い屋の本部があるという場所へと走り出した。
ちょうど、雨が降り出していた。車のフロントガラスを時折ワイパーが拭っていくのを、私はぼうっと見つめていた。
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