第30話 急襲

 石野さんと光川さんが揃って私を見る。

 しばらくしてから、石野さんが口を開いた。

「お気遣いありがとう。……でもね、お嬢さんにできることは、無いよ」

 はっきりと言われた。

「お嬢さんにはこの結界の中でじっと大人しくしてもらわなきゃあ困る。なあ光川君」

「いえ」

 光川さんは表情を変えずに言った。

「いいんじゃないですか」

「……はい?」

「だって、どうにかすると言いましても、具体的な案はまとまっていないじゃないですか。その点、彼女がいてくれたら囮として使えます。これまでにも一般人から協力を得た例は数多くありますし、問題ないかと」

「光川君、あのねえ」

 石田さんは呆れた顔をした。

「君には人の心というものがないのかな?」

「心外です。僕は、一般人たちの命を救うことと、木嶋さんの心を救うことを、同時に考えただけですよ」

「お嬢さんの心?」

「ええ。木嶋さんは自分のやったことに対して罪悪感を持っているので、罪を償いたいと考えているんですよ。そうですよね」

 何で私の周りには心を読む人ばかり集まるのだろう。

「はい、まあ、そうです」

 私は答えた。

「でもなあ」

 石野さんは渋っている。

「お嬢さんは松原花澄に巻き込まれただけの被害者だ。何の罪も無いだろう」

「そうかもしれないですけど……」


 私は一生懸命に言葉を探した。

「私が洗脳の被害者なのは事実ですけど、それじゃあ私が納得できないんです。私には私自身が色んなひどいことをやらかしたっていう自覚があります。それなのに事件の解決を他人に任せて、はいおしまい、だなんて、何というかこう、良心が痛みます」

「……優しいんだね、お嬢さんは。でも僕は……」

 石野さんが言いかけた時だった。


 病室の扉の向こうで、パァンと風船が割れるような大きな音が響いた。

「!?」

 石野さんと光川さんが立ち上がる。

「な、何ですか?」

「結界が破られた」

 石野さんが緊迫の表情で答える。

「もう松原花澄に見つかったんだ。お嬢さん、気を付けて。あの球をきちんと持っているんだよ」

「……! はい……!」


 私はブレザーのポケットから球を取り出して強く握った。

 がちゃり、と音がして、扉が開く。

 その瞬間、鳥肌が立った。襲い来る嫌な予感で、体中の血の気が引く思いがした。私は目を見開いて凍り付いていた。

 扉から入って来たのは、案の定花澄だった。


「冴子ぉ」

 花澄は間伸びした声で呼びかける。

「助けに来たよぉ」

 一瞬、頭がぐらっとして視界が歪んだが、私は球をぎゅっと握り込んで耐えた。

 光川さんは私の前に立って、手で何やら不思議な印を結んでいる。石野さんはズボンのポケットから何枚ものおふだのような物を出して花澄と対峙する。

 花澄はそんな二人など眼中にない様子で、私をひたと見つめて話しかけてくる。

「冴子、どうしてそんな邪悪な人間のそばになんかいるの? 帰っておいでよぉ。私のこと好きでしょ?」

「そうはさせん」


 石野さんがおふだを三枚投げつけた。朱色と黒の墨で何か文字が書かれていたおふだは、空中でひとりでに変形をし、折り紙の鳥に変貌した。三羽の白い鳥が一斉に花澄に襲い掛かる。


「なあにこれ、邪魔だなあ」

 花澄はいとも容易く鳥たちを叩き落としたかに見えた。しかし鳥たちは素早い動きでその手を避けると、二羽は花澄の目玉を、一羽は鳩尾を、鋭い嘴で突いた。

「痛っ」

 花澄は咄嗟に目と腹を押さえた。そこからどろっとした赤黒い血があふれ出す。

「もう、ひどいことするなあ」

 花澄はそれでも動じることなく、手で患部を押さえたまま、私の方に歩いてきた。光川さんが身構えた。


「冴子、ほら、帰ろう。ユラユラ界ではみんなが神様のことを待っているんだよ」

「いや、木嶋さんは人間だ」

 光川さんは断言した。

「お前の仲間になどならない」


 花澄は少し驚いた様子でのけぞり、光川さんの方に向き直った。

「うーん、あなたとは私は相性が悪いみたい」

 花澄は言った。

「そこのジジイが邪魔しなければ、もう少しましな立ち回りができただろうけれど……これじゃあねぇ」

 花澄は手を患部からどけた。血はぴたりと止まっていたが、目は潰れたままだった。

「仕方がない、ここは一旦退くよ。私は勝てる見込みがある時にしか戦わないからね」

「待て。逃がすか。今度はとっておきをお見舞いしてやる」

 石野さんがもう一枚おふだを用意する。

「僕はお前を許すわけにはいかない」

 光川さんも険しい声で言って、右手で花澄を指した。

「お前にはここで死んでもらう」

「ううん、逃げるよ」

 花澄はパッと扉の前まで瞬間移動した。私ははっと息を飲んだ。花澄だけではなく、石野さんまでもが目の前から消えているのだ。いつの間に……と動転して辺りを見回すと、花澄が石野さんのことを軽々と肩に担いでいるところだった。

「でもこのジジイは連れて行く。どうにも腹が立つからね」

「待て! 師匠を離せ!」

「やだよ。持って帰るって決めたんだから。それじゃあね」

 そして花澄は石野さんを連れたまま、またパッとどこぞへと姿を消した。

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