第27話 旅行
「ねえ、花澄」
「ん、なあに?」
私はちょっと息を吸い込んでから、尋ねた。
「花澄はどうして擬態の方法を私に教えてくれたの?」
「え~? 教えてって言われたからだけど」
「それはそうだけど、花澄、私が神様っぽい姿になるのをいつも喜んでいたでしょ。なのに人間に戻る方法を教えてくれたのはどうしてかなって」
「ん~」
潮風が花澄の長い髪をなぶる。空には、私たちにとっては物珍しい、透き通った青色が広がっている。
「擬態っていうのはね、文字通り擬態なんだよ、冴子」
花澄は言った。
「……どういうこと?」
「冴子が人間に戻ったわけじゃないってこと。私が教えたのは、人ならざる者が人に擬態する方法であって、大前提として擬態者本人が、人ならざる者である必要があるってわけ」
「えーと」
私は頭を捻った。
「つまり、私がもはや人間じゃないからこそ、人間への擬態が成り立つってこと?」
「そゆこと。話が早くて助かるよ」
花澄は頷く。
「まあ、そういうことだから、人間への擬態をするっていうのは、逆に人間から遠ざかることを意味しているんだよ。人間になろうとするという行動そのものが、人間じゃない者のやることだからね」
「じゃあやっぱり花澄は、私が人間から遠ざかった方が嬉しいんだ?」
「もちろん」
花澄は至極当然と言った表情だった。
「その方がユラユラ界も安定するからね」
「ふうん……」
その、安定する、というのがどういう状態を指しているのか分からない。前に一度、花澄に説明を乞うたが、いまいち理解できなかった。一生懸命に話してはくれたのだが、一向に頭に入ってこない。だからこれは私の理解力の問題なのだろう。
ただ、私がいるとユラユラ人の動きが活発になるから、安定というのはそのことを言っているのかな、と勝手に思っている。
私たちはてくてく歩いた。しばらく経ってから、私はもう一つの質問をした。
「ねえ、花澄」
「ん、なあに?」
「花澄ってもともとは何なの?」
「え~? 私は私だけどぉ?」
「そうじゃなくて、花澄はもともと人間なの? それともユラユラ人が人間に擬態しているの?」
花澄はにやっと笑った。
「ぶぶー、残念。どっちも不正解~」
「えっ」
予想外のことを言われて私は面食らった。
「じゃあ、何なの? 何者なの?」
「教えてあげな〜い」
花澄は歌うように言った。
「えー。ケチ」
私は不満げに花澄を見た。
「ケチじゃないよぉ。じゃあちょっとだけヒントあげる。私、昔っから神様を選ぶ仕事をやってるんだよね~」
「へえ。それで?」
「これでヒントはおしまい」
「えええ」
私は声を上げて抗議した。
「そんなので分かるわけないよ!」
「だろうねぇ。でも私、ミステリアスな女を目指してるから。だからそれでいいんだぁ」
「何それ。何で?」
「その方が面白いし、都合がいいからね~」
「つ、都合……? 面白い?」
そうこうしているうちに私たちは白波神社に着いた。
花澄が例によってゲートを作る。私たちはそれを順々にくぐった。その先の赤い池にて、クラゲ型ユラユラ人たちが、ボコッボコッと元の姿に戻っていく。私はそれを何となく見つめていた。初めてこの変身を見た時は、具合が悪くなるほど驚いたものだが、今では何とも思わない。愛らしさまで覚えている。
「ではでは、お疲れさまでしたぁ」
花澄は言った。
「神様の気も済んだでしょうし、これにてお開き。そこの四人は神様を神殿に戻して頂戴ね。それでは解散~」
花澄はこう言っていたが、別に私の気は済んでいなかった。隙あらば叔母さんに会いに行きたいと考えていた。叔母さんには恩があるから、いっぱい孝行したいし。叔母さんが私に帰ってきて欲しいと願っているなら、私も出来る限りそれに応えたい。
だからユラユラ人たちは、たびたび私の旅行に付き合わされることになった。
最初のうちは花澄が必ず同伴していたが、私があんまりしょっちゅうウツツ界に行きたがるので、忙しくて手が回らなくなったらしい。近頃は花澄無しでの旅行が増えた。
時が経つにつれ、私の体から人間らしさはどんどん失われていっていた。足も完全にタコの足みたいになったし、背も従来の一.五倍くらい高くなったし、太ってお腹が出て来たし、顔にはムカデの刺青のような模様が浮かんできた。
しかしそれに比例するようにして、私の擬態の精度は向上した。今では何の苦労もなく人間の姿に変身することができる。制服でウツツ界の町を歩けば、誰もが私のことをどこにでもいる女子高生だと思うだろう。お陰で旅行の際のフットワークも軽くなった。
ある日私は、花澄なしで、クラゲ型ユラユラ人を二匹だけ連れて、ウツツ界へ赴き、町の方まで足を延ばしていた。付き添いが少ないと気が楽で良い。別に誰に守られなくても、今まで特に危険な目にも遭わなかったし、これからも平気だろうと思っていた。
要は、油断していた。
その結果、私は大変なショックを受けることになる。
それはもう、天地がひっくり返るくらいのショックを。
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