第25話 家
「えっ、そうなの?」
私はびっくりした。だが叔母さんはまだ立ち直れないようだった。
「擬態って、本当の姿は今のまんまってことでしょ。そんなのあんまりだよ」
「でも叔母さん、私はこの姿、結構気に入ってるよ。だからそんなにがっかりしないで」
「どうして気に入っているわけ?」
「どうしてって……神様っぽくてかっこいいからかな」
叔母さんは胡乱な目でこちらを見た。
「冴子、……随分と変わっちゃったみたいだね。人間じゃなくなっちゃったみたい」
「うん、まあ、神様だからね」
「よく聞いて、冴子。他の人間の前でその手足を見せては駄目。みんな気味悪がっちゃうから」
「分かってる。周りの人をびっくりさせちゃうだろうなってことは予想がついてたよ。だから毛布で隠してたんだ。でも、叔母さんには見て欲しかっただけ」
「そう……」
叔母さんはお湯の沸いたやかんを持って、ドリップコーヒーを淹れ始めた。
「まだショックが収まらないけど……とりあえず、帰ってきてくれて良かった。本当に心配したんだよ」
「ごめんなさい」
「もう急にいなくなったりしないでちょうだい。警察に捜索願を出したり、色々大変だったんだから」
「うん、次から、ユラユラ界に帰る時は、ちゃんと叔母さんに言うようにするよ」
叔母さんはぴたりと手を止めた。
「今、帰るって言った? その、ユラユラ界とかいうところに? ……冴子、まさか今後ともその異界で暮らすつもり?」
「うん」
「もう……もう、うちには住まないってこと?」
私は首肯した。
「うん、でも、これからは時々こっちに顔を出すようにするよ。それに今回は長期旅行のつもりで来たし、しばらく世話になるかも」
「高校は? せっかく頑張って勉強して入ったのに」
「叔母さんには申し訳ないけど、中退するよ」
「中退って……高校もまともに出ないで、これから先、社会でどうやっていくの?」
「ユラユラ界では高校を出なくても神様として生活できるよ」
「……」
叔母さんは無言でコーヒーを淹れ続けた。やがて、なみなみコーヒーが入ったマグカップが三つ用意される。私達はテーブルを挟んで向かい合った。
「冴子は、どうしてもその世界に住みたいの?」
叔母さんはゆっくりと聞いたので、私もゆっくりと頷いた。
「どうして? 冴子はたまたま巻き込まれただけで、本来その世界とは関係が無いはずなのに」
改めて聞かれるとちょっと困ってしまう。花澄は、神様はいるだけで良いと言っていたけれど、具体的にあの神殿にいなければ駄目だとは言っていなかった。加えて、実際に以前は、ユラユラ界とウツツ界を行き来しながら生活していた。それなのに今、本腰を据えてユラユラ界に住みたいと願っているのは、何故なんだろう。
考えようとすると、つっ、と頭に痛みが走った。私は咄嗟に頭を抱えて、目をぎゅっとつぶった。
「冴子?」
叔母さんが心配そうに問いかける。
「ああ、御心配なさらず」
花澄はそう言うと、私の頭に触れた。私の頭の中はまた霧がかかったようになった。私はぼんやりと叔母さんの顔を見た。
「ユラユラ界は素晴らしいところだから……」
私は言った。
「あそこでなら私は幸せになれる。あそこが本当の家なんだよ」
叔母さんは、ひどく傷ついた顔をした。
「冴子は十年間もうちで育ったのに、うちは本当の家じゃないの? うちでは幸せになれないの?」
私は慌ててしまった。叔母さんを傷つけるつもりは無かったのに。
「そういうわけじゃない。そうじゃないよ。叔母さんのこともこの家も大好き。こっちの世界にだって、一応は愛着があるよ。ただ私には、きちんと神様をやるべきだっていう使命感があって……それを果たせるのはユラユラ界だけなんだよ」
はあーっと、叔母さんは長い長い溜息をついた。
「私は、冴子が本当にやりたいことなら、応援するよ。それが本当にやりたいならね。ちょっと状況がファンタジックすぎて、なかなか納得がいかないけど……冴子が幸せなら、それでいい。でも、たまにはうちへ帰って来なさい。うちだって立派な、あなたの居場所なんだから」
「……分かった。ありがとう」
私は頷いた。
「さて」
叔母さんは軽く伸びをした。
「それで冴子は、今回はどれくらいこっちにいるの?」
私は花澄を見上げた。
「ねえ、さっき言ってた擬態の練習って、どれくらいでできるようになるものなの?」
「うん? んー」
花澄はしばし考え込んだ。
「そうだねぇ、冴子なら、三日くらいで行けるかな」
「それなら、その間はここにいるよ。叔母さんに擬態した姿を見せたいから。叔母さん、それでいい?」
「繰り返し言うようだけれど、ここは冴子の家なんだから、遠慮はいらないからね。三日でも何ヶ月でも何年でも、いてくれて構わないよ」
「ありがとう。少なくとも、擬態できるようになるまでは、ここにいる」
「そう……」
叔母さんは少し遠い目をした。
「分かった。自由にしていなさい」
「うん」
こうして私は、人間の姿に擬態する練習をすることになった。叔母さんを喜ばせるためだ、気合を入れてやろう、と私は決意した。
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