第24話 帰省

 ゲートを通り抜けた瞬間、懐かしい光景が広がっていた。綺麗な鳥居をした大波神社、海沿いのアスファルトの道、青い空に白い雲、ごみごみとした住宅街。

 私がきょろきょろ辺りを見回している間に、花澄以外の付き人がぶくぶくっと音を立てて変形した。彼らはすぐに、クラゲ似の姿になった。


「まずは家に帰るよ」

 全員がクラゲになるのを確認してから、私は言った。

「叔母さんが心配しているだろうから。早く顔を見せてあげたい」

「了解。じゃあみんな、少し歩こうねぇ」

「おあー」

「おあー」

「おあー」

 クラゲたちは口々に返事をした。私は微笑ましい気持ちになって、私の後ろをぞろぞろと歩くユラユラ人を振り返った。


「冴子は本当に変わったからねえ」

 歩きながら、花澄が言う。

「冴子のこの姿を見れば、叔母さん、きっと喜ぶよぉ」

「うん」

 今は通行人をびっくりさせないように毛布をかぶっているが、叔母さんにはちゃんと、成長した私の姿を見てもらいたいと思う。

「ちょっと緊張するな。叔母さんには久々に会うから」

「大丈夫だよぉ。今の冴子を見れば、どんな人でも味方になってくれるから」

 花澄はそう言って私を励ました。

「自信を持っていいと思うよ」

「……そうだね」

 私はちらりと微笑んだ。

 そう、私は神様。ユラユラ界で一番偉い。だから、このウツツ界でだって、胸を張っていればいいのだ。何も恐れることなんかないし、何も心配することなんかないし、誰にもいじめられたりなんかしない。


 やがて私たちは、赤い屋根をした一軒家の前に到着した。以前私が叔母さんと暮らしていた家だ。私の胸は懐かしい気持ちで満たされた。

 立てない私に代わって、花澄がインターホンを鳴らした。叔母さんの仕事は時間帯が不規則だから、いるかいないかの判断ができなかったのだが、運の良いことに今は家にいるらしい。すぐに「はい」と応答があった。


「こんにちは、木嶋さん。私は冴子の友達の松原花澄と申します。冴子を連れて来たんですが、お邪魔してもよろしいでしょうか」

「……」

 叔母さんは黙ってしまった。しばらくしてから、やや掠れた声が聞こえてきた。

「……本当に冴子なの?」

「私だよ、叔母さん」

 私はインターホンに向かって少し大きめに声を出した。

「ちょっと帰省しに来たんだよ」

「冴子!?」

 今度は驚愕したような声が聞こえてきた。

「冴子、そこにいるの!?」

「うん。叔母さん、開けてもらっても良い?」

「ちょっと待ちなさい。すぐに行くから」


 ドタドタドタと廊下を蹴る音がして、ガチャリと扉が開いた。叔母さんの目はまず花澄を捉え、次いで車椅子に乗った私を捉えた。

「冴子!」

 叔母さんは血相を変えて背をかがめた。

「足を怪我してるの!? というか、今までどこにいたの!?」

「それは話すと長いから、一旦お邪魔してもいいかな」

「何言ってるの、ここはあなたの家でしょ。邪魔も何もあるもんですか。ほら、早く入っておいで」

 叔母さんは扉を大きく開けて車椅子の私を玄関に入れると、花澄と協力して車椅子を廊下に上げた。猫のシロちゃんも駆けてきて、私たちの周りをうろうろしていた。私は触手を一本だけ出して、シロちゃんの顎を撫でた。


「二人とも、適当な席について。今お茶を淹れて来るから。花澄ちゃんはコーヒー平気?」

「あ、はい。平気です」

「じゃあ少し待ってて……と言いたい所だけど、一刻も早く詳しい話を聞きたいから、今からしゃべってくれる?」

「分かった」

 私は頷いた。そして、私が長期間留守にしていた理由をかいつまんで説明した。


「……それで、花澄が窓を割って私を迎えに来てくれて。お陰で私は正気を取り戻したんだよね。それからはユラユラ界の神様として、あっちの世界で暮らしているんだよ」

「何それ?」

 叔母さんは呆気に取られていた。

「そんな突拍子もない話だとは思わなかった。ユラユラ界ってつまりどういうところなの? 住所を教えてくれない? それに、どうして足を怪我しているの?」

「ユラユラ界は異界だから、住所とかは無いかな。それに私、怪我をしてるんじゃなくて、神様としてちょっとずつ成長している途中なんだよ。ほら見て」


 私は毛布をどけた。細かい触手だらけの腕と、歪に変形した足が露わになる。

 叔母さんはひゅっと息を飲んだ。


「何、それ……誰にやられたの? 何をどうやったらそうなるの!?」

「神様だから、自然とこうなるんだって。綺麗でしょ」

「まさか! そんな姿になってしまうなんて……元に戻す方法はあるの?」

「無いと思う」

「そんな……」


 叔母さんは床にくずおれた。顔色が真っ青だ。私は花澄の方を見上げた。


「叔母さん、喜んでくれてないみたい」

「そうだねぇ。とっても残念だなあ」


 花澄は肩を竦めると、こう付け加えた。


「でも、元の姿に化けることはできますよ。冴子がまだその方法を習得していないだけで、人間に擬態する方法はちゃんとあります。元の姿をご覧になりたいなら、今からでも練習して、お見せしましょうか?」

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