第21話 再び


 帰宅後、私はベッドに横になって考え事をしていた。

 思えばこんなに頭がすっきりしているのは久しぶりだった。私は本当にずっと、花澄の影響下にあったのだろう。


 しばらく学校を休もうかな、と私は考えた。学校に行けば同じクラスの花澄と否が応でも顔を合わせることとなる。それが今はどうしようもなく怖かった。

 せっかく叔母さんが私の高校生活のために色々と世話を焼いてくれたりお金を出してくれたりしたのに、申し訳ない。でも自分の身を守るためにはそうするしかない。


 その時、ピロリン、とスマホの通知音が鳴った。私は寝そべったまま気だるげにメッセージを確認した。


 相手は花澄だった。心臓が早鐘を打ち始めた。


「ねえ、明日学校休むの?」

 メッセージにはそうあった。


 ……何故分かる?

 花澄はどんなに遠くにいても私の心を読むことが可能なのか。とんでもなく怖い。怖すぎる。

 そう思っている内に、ピロリンとまた通知音。


「しばらく会えないの?」


 無視だ、無視。私を操っていた最低野郎のことなんて無視に限る。

 ところが通知音は止まない。

 ピロリン、ピロリン、ピロリンピロリンピロリン。


「ちょっとでいいから会えない?」

「今どこにいるの?」

「家にいるの?」

「そっちまで行くね」

「今、冴子の家まで飛んで行くから」


 間髪入れず、ピンポーンと今度は玄関のインターホンが鳴る。

 私は頭から毛布をひっかぶって耐えようとした。

 ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン。


「どうして出てくれないの?」

「自分の部屋のベッドにいるのかな?」


 ガチャガチャッと玄関のドアを開けようとする音。


「ねえ、ドア開かないんだけど。これ壊したら駄目かな?」

「窓からなら入ってもいいよね?」


 私が慌てて窓の方を見ると、窓の外にはもう花澄の顔があった。


「ひっ……!」


 逃げる間も無く、花澄みは拳で窓ガラスを割った。ガッチャーンと冗談みたいに大きな音がして、窓に穴が空く。そこから花澄が不法侵入してくる。ガラスの破片を靴で踏みながら近づいてくる。


 私は大慌てでベッドから降り、部屋から脱出しようと試みた。ところが花澄は私のシャツの襟をがしっと捕まえてしまった。

「うっ」

 喉が絞まる。私はもがいたが、あっけなく花澄に羽交い絞めにされてしまった。花澄の方が体が小さいのに、凄い力だ。


「ねえどうして無視するのぉ?」

 花澄はいつも通りの間伸びした声音で聞いてきた。

「私たち親友なのにぃ。ひどいよぉ」

「し、親友なんかじゃ、ないっ」

「それに、なあに、その気持ち悪いネックレス。他の人間の匂いがするなあ」

「やめてっ、離してっ」

「可哀そうに、冴子は悪い人たちに騙されたんだね。大丈夫、私がついてるから、安心してねぇ。もう二度と私から離れられないようにしてあげるぅ」


 花澄は信じ難いほどの怪力をもってして片手で私の動きを封じると、もう片方の手で私の頭頂部に触れた。

 とたんに私はぐにゃんと全身の力が抜けるのを感じた。

 私が花澄の腕の中からずり落ちて床にへたり込むと、花澄は私の目を覗き込んだ。


「今度は強くて解けにくい呪いをかけてあげるからねぇ。これでずっと一緒だよ。よかったねえ。嬉しいねえ」

「や、やだ……」

「嫌じゃないよ。ほら、ねえ、もう、嫌じゃないでしょう?」

 頭に靄がかかったようになっていく。様々な思考が錯綜しては遠ざかっていく。それで、それで……とっても……気持ちが良い。

 目の前がぼんやりと霞んで……心地よい眠気が襲ってきて……気付けば私は花澄の膝の上に頭を乗せて、くたりと寝そべっていた。


「こんなもの、もう要らないよねえ」

 花澄はネックレスをつまむと、ブチッと千切ってゴミ箱に放り投げた。


「これで良し。ねえ、冴子、冴子はユラユラ界の神様をちゃんとやってくれるよね?」

「うん」

 私はぼうっとしたまま答えていた。

「ユラユラ人のことを応援してくれるよね?」

「うん」

「ユラユラ人に殺される人間なんか全員どうでもいいよね?」

「うん」

「冴子は私のことが世界一大事だよね?」

「うん」

「良い子だねぇ」

 頭を撫でられて私は陶然となった。こんなに幸せなことがこの世にあっていいのかと疑いたくなるほど、私は多幸感に包まれていた。


「それじゃあ、こんな世界とはさっさとおさらばして、本当の家に帰ろうね」

「うん」


 私は花澄に導かれるがまま立ち上がった。


「白波神社に行こう。そこから神殿までワープしようね」

「うん」


 私は靴を履いて玄関を出た。


「ああ、冴子がいてくれて幸せだなあ」

 花澄は言った。

「花澄が幸せだと、私も幸せ」

 私は言った。

「うんうん、そうだよねえ」


 そんな会話を延々と続けながら、白波神社まで歩いて行った。例の如く花澄は鳥居の下にゲートを作った。


「さあ、早く帰ろう。私たちの故郷へ」

「うん」


 私は早くあの祭壇の上に登りたくて仕方が無かった。

 あそこが無性に懐かしかったし、花澄に任命された神様という仕事をちゃんとこなすのが誇らしくもあった。


 私は花澄に手を握られて、ゲートをくぐり、ユラユラ界に帰っていった。

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